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(過去ログNo.073)
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広島の都市交通計画から考える環境と公共交通 〔続〕
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/15 16:26:28)

広島の都市交通計画から考える環境と公共交通
└交通モードと環境影響の基本的な考え方
 └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方
(以上前ページ)

  └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方
   └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方
交通モードと環境影響の基本的な考え方(2)
 └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方(2)
交通モードと環境影響の基本的な考え方(3)
 └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方(3)

▽前ページより

Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方
 投稿者---とも氏(2002/07/16 23:19:38) http://town-m.vop.jp/

■オランダ政府「第二次交通構造計画」
 これは「自転車マスタープラン」と通称いわれている政策目標を掲げたマスタープランであり、あくまで政策目標であることを念頭に置かなくてはならない。この中で

  1. 政府とすべての地方自治体において、自転車政策を交通政策の普遍的なものと位置づける

  2. 国民に他の交通手段と比較した場合の自転車の長所・短所に関する情報が幅広く伝えられるようにする。

  3. 自転車利用促進のためのモデル事業やプロジェクト事業の実施結果に関する知見をオープンにする

という観念的な点が示されいるが、それ以下に記述される各種政策は政策メニューが並んでいるだけであって、具体的な国土全体にわたる計画を示したものではなく、各種鉄道端末及び都市内交通において自動車からの受け皿整備としての整備を進めることを書いているにすぎないものではない。

 これはわが国の国土交通省が二酸化炭素排出量の抑制、LRT整備や自転車道整備を明確に政策目標にあげているのと同じく、あくまで行政機関の方針を定めたものと理解するのが自然であろう。

■オランダ政府は誘導をしたのか理念で啓発したのか
 政策理念が強固かどうかは客観的にみることはできないことであり、かりに強固にうたっていてもそれが実現していないケースは山ほどある。
 その上で、理屈ではなく常識で考えて、交通手段選好においては政府が何の対策を講じるかどうかは結果的なものでしかない。利用者が交通行動を起こすにあたり、時間、費用面などの選択肢から自転車が優位と認めるからこそ選好するのであって、オランダ政府はそれを「誘導」したにすぎない。
 啓蒙活動で国民が交通手段選好を変えることこそ常識からしてありえない。
 オランダの交通政策のすばらしい点は「政府誘導による強制誘導型TDM」ではなく、自発的な転換を促する策を講じていることであり、これは率直に私も評価している。しかし、それが強制ではない点は見逃せないポイントである。なぜなら、ロードプライシングなどの自動車に対するしているかといえば、なにもしていないのである。すなわち、自転車や公共交通手段に対し、インセンティブを与えることで転換を促しているのだ。この点は間違えてはならない。

■分担率比較
 
日本において徒歩を除いた移動手段としての交通手段選好における自動車利用を人キロベースで見ると66.1%(出典:国土交通省発行 ROAD IN JAPAN 1998)であり、オランダの75%に比べれば低くなっている。

■エネルギー消費量
 
エネルギー消費量比較はデータにより定量的に示さず、ではなにをもって比較するというのか。とにかく鉄道等を使えというだけではそれこそ何も解決しない。感覚的に考えても鉄道を使うことよりも自動車を使うほうが明らかに需給バランスが図れ、効率的なことがあることは否定できない。ローカル線の話など出すまでもなく、需給バランスが図れないような軌道サービスこそ省エネルギーに反することは想像に難くない。
 交通計画のベースは国土計画であり都市計画である。その都市計画においていかにして省エネルギー構造を目指しつつ快適な住環境、移動環境を担保するかを考えるのが交通計画の基本である。自動車はダメだと決め付けるだけではそれこそ何も解決しない。

■オランダはなぜ成功したといわれるのか
 
オランダの政策を否定するつもりは毛頭ない。日本においても見習うべき点は数多く、特にその土地利用の考え方から来る「徒歩や自転車で動ける都市圏」という根本的な理念は日本にまさにかけている理念であって、政府の社会資本整備審議会においてもこの辺は指摘されているとおり、積極的に参考にし見習うべきと考える。しかし、それは自動車交通を否定するものではなく、オランダにおいてもモデル的自転車都市として知られるハウテンにおいても自動車交通は許容しており、どこまで許容するか、どこまで分担させるのかを明確にしているからこそ住民・利用者に受け入れられるのだ。

 都市計画や土地利用規制を無視して交通計画を論じても無意味である。

■パークアンドライドは大都市圏で成功するのか
 
大都市であっても施策手法次第で成立する余地は十分にある。
 現に神戸、札幌、東京北部などでは成立しているし、茨城南部では東京通勤者の4割がパークアンドライド利用である。
 市街化された地域であればなにも駐車場整備にこだわらずともキスアンドライドなどの方策もありえるのだから、一面的に向かないなど言えるものではない。

■地方都市における公共交通利用促進
 
地方都市こそ都市内において自動車利用から公共交通へ誘導するインセンティブ策で転換を促すことはできる。
 それこそ日本のようないわゆる「のべ坦開発」型のものであれば、都心フリンジ(外縁)を明確にし、その内側において様々な公共交通優遇策を成立させ、都市圏に確固たる軸を形成するよう道路網や公共交通網を整備させ、その軸に対するフィーダーとしての自動車交通を許容する形という都市構造を都市計画において構築していけばよい。
 その場合、対自動車という観点で検討しては公共交通は利用されない。まずは公共交通の利便性を高くし、自動車利用よりも明らかに便利と意識させればよいのだ。この方策は長野や金沢などわが国においても導入されている手法である。
 そのための施策がまさにオランダで採用されているトラフィックゾーンであり、その基本思想がTODやABCポリシーなのであって、そこを無視して交通論だけで語っても意味はない。

■公共交通の利用促進
 
啓蒙活動はしたほうがよいのは否定しない。が、啓蒙・精神論で転換が生じるぐらいならわが国各都市でこのような議論がおきるだろうか。
 自動車交通と公共交通を対立軸と考えているようでは、いつまでたっても公共交通の成立はありえない。共存こそ探っていかなくてはならないものであることは説明するまでもないであろう。
 まずはそこの考え方を変えることからしなくては、公共交通計画など絵に描いた餅にしかならない。
 公共交通の利用促進に対し、なにが足かせになっているのか。都市計画から見直す必要は無いのか。公共交通のインセンティブとしてなにをするのが良いか。このような観点で考えるべきではないか。そこが公共交通の今の問題点を如実に表しているのであるから。

Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/17 16:59:15)

 オランダの交通政策のすばらしい点は「政府誘導による強制誘導型TDM」ではなく、自発的な転換を促する策を講じていることであり、これは率直に私も評価している。しかし、それが強制ではない点は見逃せないポイントである。なぜなら、ロードプライシングなどの自動車に対するしているかといえば、なにもしていないのである。すなわち、自転車や公共交通手段に対し、インセンティブを与えることで転換を促しているのだ。この点は間違えてはならない。

→だから「誘導」という「政策」を講じたわけでしょう。ただ単に平地が多いから自然と自転車が増えたわけではないということでしょう。それなのに「世界ふしぎ発見!」においてそんなことは一言も触れられなかった。そこが奇妙だと申し上げたのです。

 日本において徒歩を除いた移動手段としての交通手段選好における自動車利用を人キロベースで見ると66.1%であり、オランダの75%に比べれば低くなっている。

→人口がある程度ちりじりに散在するオランダの自動車分担率が75%であるのに対し、人口が都市部に密集する日本のそれが66.1%であるというのはかなり高い数字とみてよいのではないでしょうか。それに日本の鉄道分担率が高いのは大都市圏の通勤輸送が平均を押し上げているからであり、地方の鉄道というのはつぶれたも同然である。

 エネルギー消費量比較はデータにより定量的に示さず、ではなにをもって比較するというのか。

→いやだからデータは示すのですよ、当たり前じゃないですか。でも鉄道の環境優位性というのは世間にほとんど知られていないでしょう。数年前、テレビで環境問題に関連し、鉄道の利用を呼びかけるニュースを見ていたところ、息子が「何言ってるんだ、電車だって発電所でガスを出すじゃないか」と吐き散らしていました。今はやりのTDMにしても、電車やバスのほうが省エネになること自体が周知されていなかったら成功するどころか、結局TDMなんかどうでもいいから道路と駐車場を造れ、という大合唱にかき消されてしまうのが落ちです。そりゃ鉄道の環境優位性を宣伝すれば、いろいろな方面から反発があるでしょう。ですがそんなことを言っていたら何も進展しないではありませんか。

 (パークアンドライドは)大都市であっても施策手法次第で成立する余地は十分にある。
 現に神戸、札幌、東京北部などでは成立しているし、茨城南部では東京通勤者の4割がパークアンドライド利用である。
 市街化された地域であればなにも駐車場整備にこだわらずともキスアンドライドなどの方策もありえるのだから、一面的に向かないなど言えるものではない。

→パーク&ライドそのものは否定しませんが、駅に駐車場を整備すると、それまで駅へバスや自転車、徒歩で向かっていた人までがマイカーを使うようになってかえってマイカー交通量の増大を招いているとか、単に駐車場代りに使っている者もあるとか、そういったことを申し上げたのです。
 それに東京への通勤者は勤め先に駐車場などなかろうし、パーク&ライドがあろうがあるまいが電車通勤でしょう。

 まずは公共交通の利便性を高くし、自動車利用よりも明らかに便利と意識させればよいのだ。この方策は長野や金沢などわが国においても導入されている手法である。
 自動車交通と公共交通を対立軸と考えているようでは、いつまでたっても公共交通の成立はありえない。共存こそ探っていかなくてはならないものであることは説明するまでもないであろう。

→それにしても貴殿に限らず、役人にしても学者先生にしても、「吝嗇的多面利用」の傾向をことごとく見逃しておられるのは残念です。これまでいく度か申し上げてきたとおり、マイカー族はガソリン代や高速代だけを交通経費に計上するため、わずか数百円の電車賃をも異様に高く感ぜられるのであり、まして新幹線などバカバカしくて乗る気になれず、マイカーを限度いっぱいに使い込もうとする傾向が非常に強い。千葉に住む戦友に聞いたことがあるが、都市部の人は、新幹線や特急列車、ローカル線などを日ごろ利用している通勤電車の延長上に考えるのだそうで、東京や大阪の方にはどうしてもピンとこないでしょうが、小生の親戚を見回してみても「汽車で行くと高くつく」という認識で一致しております。
 いつだったか、孫が野球の試合に行くというので息子に電車賃をねだったところ、「バカヤロウ! 汽車で行ったら高くつくんだぞ」と叱り飛ばしていました。つまり電車賃とガソリン代だけを比較して、電車は高いというわけです。ちなみにここでいう電車賃は480円、往復で960円です。
 近距離でさえこのありさまですから、たまの遠出の際はむろんマイカーの独壇場で、大阪やら姫路やら鳥取やら熊本やら鹿児島やら、すべてマイカー。

 要するに貴殿のご主張はこういうことでしょう。マイカーと公共交通をベストミックスしてゆこう、と。それは理想論としては十分理解できるし、まったく異論をはさむ余地はありません。しかしながらこの「吝嗇的多面利用」の傾向を少々甘く見すぎていはしないでしょうか。貴殿はおそらく都市部に住まわれ、ある程度裕福な、少なくとも中流程度の生活を送っておられるのではないですか。もっとも貴殿に限らず、専門家にとってもこの「吝嗇的多面利用」については見落としがちで、公共交通を便利にしさえすれば何とかなると思い込んでいるふしがある。今はどうか知らないが、アストラムラインの開業当初、利用者数が広島市の当初予測をはるかに下回っていたが、その原因は市が「吝嗇的多面利用」を見くびっていたからです。アストラムラインの利用者のうち、マイカーからの転移者はたったの2%ですよ、2%。

 誤解のないように申し上げておくが、小生はオランダという国そのものはあまり好きではない。
 サンフランシスコ講和条約第26条には日米両国が相互に資産や請求権を放棄する旨が定めてあるが、これには付帯条項があり、他の国がその権利を留保した場合はこの限りでない、とある。さて、この条約が結ばれた際、欧米でたった一国ごねた国があった。
 ほかでもない、オランダである。さんざんごねて納得しないため、日本は1,000万ドルの見舞金をオランダに支払うはめになった。それでいて今なお謝罪を求めるオランダは何とも悪質な国である。
 結局日本はシスコ条約の例外措置を認めてしまったわけで、そうなるとシスコ条約の26条自体無効であるとの主張が成り立ちかねない。実際、アメリカの弁護士どもが目を皿のようにして法の抜け穴を探るようなことばかりやっている。

交通モードと環境影響の基本的な考え方(2)
 投稿者---とも氏(2002/07/18 00:51:34) http://town-m.vop.jp/

■オランダ政府の誘導策
 
「交通計画はその利用者の行動と都市計画、国土計画から立案すべき」ということを実践したといえる。であるからこそテレビなどで取り上げるにあたり重要な点(決して本当の意味で重要な点ではない)は交通政策ではなく「平らという土地の特性」であって、交通政策ならば明らかに目に見える「自転車専用道路」などの施設面になるのは当然である。

■分担率比較
 都市別の分担率データは各都市により調査方法に差があるため一律に比較することはできないが、徒歩・自転車を除くなんらかの交通手段(すなわち自動車、バス、鉄道、フェリーなど)を利用するトリップで比較すると決して日本の地方都市が低いということではない。

※参考データ http://www.publicpurpose.com/ut-intl-cityshare.htm
日本国内は都市計画ハンドブックなど参照

■啓蒙活動
 そもそも鉄道会社が啓蒙活動などしたところでそれで交通行動を変更することがありうるのであろうか。
 まずは公共交通にインセンティブを与え、「目に見えるメリット」を公共交通側が示すことが第一ではないのか。それこそが最大の啓蒙活動である。

 仮にJRや民鉄協がPRを行ったとしよう。
 「発電時負荷を考慮しても、炭酸ガス排出量について輸送分野の9割を占める自動車に比べればわずか1/4と地球環境にやさしいです。」
 それで誰が動くであろうか。環境に詳しい人間ならばそんなことは常識的であるし、だれにでもそれほど想像が難しいものではない。
 しかし、「とはいっても駅まで遠いし、バスや電車は解りにくいし、高いし、本数ないし」となったらどうか。全体的な自由度が高く、とりあえずのコストが安い自動車を選好することに不思議な点はない。まずは、クルマには及ばないが、それなりの快適性と自由度を持たせられるだけの利便性を公共交通が有することからはじめなくてはならない。そこが第一ではないのか。
なぜプリウスが売れ、エスティマハイブリッドが売れるのか。環境だけですか?ということ。そこを考えれば容易に想像できるであろう。

 ただし、可能性を否定するものではない。トラベル・ブレディング法(TB法)というキャンペーン(啓蒙)活動手法を実施して実際に自動車トリップが減少した例もある。しかし、ここでは「情報」というものを適切に提供するという極めて見逃せない点がある。そこでは「個別」に「誰々さんにとって使いやすい公共交通は○○系統で、その時刻表はこれで・・・」という非常に便利なものを提供してくれるのだ。これは啓蒙というよりも「ガイド」であり、ここまでしてようやく成立するのだ。ここまでのことをどれだけの行政機関、鉄道会社ができようか。

■コスト
 
自動車は資産として残るものであり、購入費用はコストに反映しにくい。これは否定できない。
 しかし、それを誰も考えていないとは言うのは大きな間違いである。その答えとして、現に自動車の共同所有、共同利用、いわゆる「カーシェアリング」について積極的に実験導入がされており、稲城や海老名、横須賀、京都など国内事例は多い。しかもカーシェアリングであればEVなどの導入も容易であり、様々な副次的効果も期待できる。
 実際、アメリカの例であり、そのまま日本国内にあてはめることは出来ないが、オレゴン州ポートランドのカーシェアリング企業は、「年間8000マイル以上走行しないのならばカーシェアリングが安価である」と宣伝し、ガソリン代込みで1時間2$という格安での提供を行っており、市内に乗り捨てポイントが多いこともあり、なかなか好評である。しかし、現実問題として複数台数所有代わりに利用するといったように利用者層が限られているのが実情であり、日本においても実験である点を考えなくてはならない。
 導入を進めることは当然必要で積極的に行っていくことが必要であろうが、いまだ世界的にも実験導入であり、スイスなどで実証段階に入っているものの現実に日本国内において一般化するまでは時間を要するであろう。

 そう考えていくと、コストに関しては、まずは自動車どうこうよりも公共交通のコストを下げる工夫こそが求められるのだ。乗り継ぎ割り引きでもゾーン運賃制度でも運営一元化でもよい。その時点での公共交通利用コストが高ければ、自動車からの転換を謳ったところで転換は生じないし、利用者はデメリットを受けることになりかねない。

 ちなみに、ドイツのブレーメン、ホラランド、フライブルグなどで自動車所有を一切認めないカーシェアリング及び公共交通主体の住宅開発が行われているが悉く失敗している。強制では巧くいかないということを暗に実証しているとすら言える。

■公共交通シフトを進めた優良都市

1)パース
 パースは都心部のフリンジに駐車場を設け、都心内の公共交通を無料として自動車利用を抑制している。さらに、公共交通も日本の鉄道サービスを模範としたハイレベルサービスを行い、基幹バスなども実施している。パークアンドライドも各鉄道駅やバスターミナルに設置され、実に見事なほどの公共交通転換策を講じている。同地は自転車サービスもアムステルダム並に整備が進み、政策的にもオランダなどヨーロッパをしのぐものであるが、坂が多いことや夏の暑さなどからあまり自転車利用は多くはない。
 公共交通は運営一元化の上でセルフチェックフリーとゾーン運賃を採用している。
 さらに、洗練的な啓蒙活動であるIM法(インディビデュアライズド・マーケティング)を採用して行政が公共交通への転換キャンペーンを行っている。まさに参考にすべき点であるが、注意しなくてはならないのは「そもそも公共交通の利便性が高く魅力的である」点だ。

2)エドモントン
 エドモントンは坂がとにかく多い上に都市は比較的コンパクトであるものの、酷寒冷地であるため自転車利用などは期待できない。そのためか公共交通サービスは実に充実しており、やはり都心部は無料。バスとLRTの乗り継ぎは自由でゾーン運賃を採用している。
 自動車でのアクセスに向いているような郊外型ショッピングセンターにも公共交通のターミナルが併設され、公共交通だけでも快適な移動が可能である。

3)ポートランド
 まさに土地利用からすべてを見直して最適な交通計画を仕上げた都市である。
 道路交通の通過処理としての迂回道路を設定し、都心内フリーウェイを撤去し、そこを公園とする代わりにフリンジに駐車場を設け、また郊外部に核を持たせた地区を持たせ、それぞれの核と都心を高速LRTで結ぶことで公共交通の利便性を高める。お手本ともいえる実に見事な都市交通計画である。
 しかし、都心部での移動に難があるためなかなか自動車からの転換が進まず、結局LRTを無料化するという大胆な策で解決しているなど、まさにコスト論をも含め解決していった好例である。

 これらの3都市は各個別手段では知られているが、広い目の都市計画、交通計画という観点で見ると、工夫をしているのが見て取れる。逆に言えばココまでやらなくては「公共交通選好」変化が生じないということもいえなくはない。
 もちろん日本の場合、すでにこれらの3都市を上回る公共交通分担率を有しており、これ以上の転換を促すには更なる工夫が必要であるのはいうまでもない。

Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方(2)
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/18 20:53:30)

 テレビなどで取り上げるにあたり重要な点(決して本当の意味で重要な点ではない)は交通政策ではなく「平らという土地の特性」であって、交通政策ならば明らかに目に見える「自転車専用道路」などの施設面になるのは当然である。

→でも「世界ふしぎ発見!」はいわゆる教養番組であり、少なくともバラエティではありません。板東英二と黒柳徹子のバトルとか野々村真の珍解答なんかもありますが、ある程度知的というか、歴史に興味のある人しか見ないでしょう。ひたすら平地が多いから自転車が増えたとばかり繰り返すナレーションに、平地が多いというだけで自転車が勝手に増えるものか、と首をかしげたのは小生だけではないと思います。

 都市別の分担率データは各都市により調査方法に差があるため一律に比較することはできないが……

→そうですね。比較するのはやめましょう。できれば九州とオランダを比べてみたいのですが。

 そもそも鉄道会社が啓蒙活動などしたところでそれで交通行動を変更することがありうるのであろうか。
 まずは公共交通にインセンティブを与え、「目に見えるメリット」を公共交通側が示すことが第一ではないのか。それこそが最大の啓蒙活動である。
 まずは、クルマには及ばないが、それなりの快適性と自由度を持たせられるだけの利便性を公共交通が有することからはじめなくてはならない。そこが第一ではないのか。

→もとより鉄道会社やバス会社にしてみればなるべく少ない車両で効率よく、すなわち詰め込んで輸送しようとするはずですから、貴殿のご意見を具現しようとすれば、今でさえ苦しい経営を強いられている公共交通にますます無理難題を押し付けることとなります。となると当然ながら公共交通に税金を注ぎ込む仕儀となりますが、今の段階ではたして協賛が得られるでしょうか。啓蒙活動は人々の交通行動の変更以前に、公共交通に税金を投ずる施策に賛同を求めるために不可欠です。そうでないと、そんなカネがあるなら道路と駐車場を造れという大合唱の前に沈黙を余儀なくされるだけでしょう。

 仮にJRや民鉄協がPRを行ったとしよう。
 「発電時負荷を考慮しても、炭酸ガス排出量について輸送分野の9割を占める自動車に比べればわずか1/4と地球環境にやさしいです。」
 それで誰が動くであろうか。環境に詳しい人間ならばそんなことは常識的であるし、だれにでもそれほど想像が難しいものではない。

→ハハハ、それは貴殿が博学だからそう思われるのですよ。愚息のように「電車だって発電所で二酸化炭素を出すじゃないか」といって平気で3ナンバー車を乗り回すバカもおるのです。ご理解と哀れみのほどを。

 なぜプリウスが売れ、エスティマハイブリッドが売れるのか。環境だけですか?ということ。そこを考えれば容易に想像できるであろう。

→プリウスについてですが、トヨタがプリウスそのものの製造、販売により利益を上げているとは到底考えられません。プリウスの標準価格は215万円ですが(違ったらごめんなさい)、1.5〜1.6リットルクラスが160万円、2リットル直噴エンジン搭載のコロナが212万円であることからすればかなり安く設定した価格です。バッテリーだけで80〜100万円、モータが30万円、永久磁石式発電機が20キロワットで20万円、電子制御装置も30万円はするでしょうし、むろんエンジンや動力分割機構などのコストも加わります。ここまではあくまで原価の話で、開発費用、装置やボディの型の償却費、その他もろもろの経費を勘案すると、相当な赤字であることは間違いありません。しかも月販目標台数は1,000台です。1台200万円の赤字なら年に240億円、300万円なら360億円の赤字ということです。こんな車をわざわざCMまで流してなぜ宣伝するのか。いうまでもなくトヨタのイメージアップのためでしょう。それしかありえません。
 ユーザー側のメリットはといえば、年に10,000キロを燃費10キロ/リットルで走ればガソリン代は10万円ですが、プリウスに乗り換えて燃費が15キロ/リットルに向上したとしてもガソリン代は67,000円とじつに30,000円の差でしかありません。もちろん使い方にもよりますが、ただしプリウスのパンフに載っている燃費28キロ/リットルという数字はクサい。補助金とかもあるようですが、少なくともプリウスにより浮いたガソリン代で車両価格がペイし、お釣りがくるとはちょっと考えられません。これを埋めるのは静かで滑らかな運転フィーリングもさることながら、やはり環境に貢献しているという自意識でしょう。

 自動車は資産として残るものであり、購入費用はコストに反映しにくい。これは否定できない。
 しかし、それを誰も考えていないとは言うのは大きな間違いである。その答えとして、現に自動車の共同所有、共同利用、いわゆる「カーシェアリング」について積極的に実験導入がされており、稲城や海老名、横須賀、京都など国内事例は多い。しかもカーシェアリングであればEVなどの導入も容易であり、様々な副次的効果も期待できる。

→いや、湯川利和氏のいう「吝嗇的多面利用」とはいったんマイカーを買った後のことを指しているのです。カーシェアリングはマイカーを買う以前の選択肢でしょう。
 マイカーを持ってしまうと異様なほどミミッチくなるというのはかなり当たっていると考えております。数ヶ月前、愛媛新聞に「道後温泉脇の市営駐車場の料金が高い」という投書が載っていましたが、その市営駐車場の料金は30分でたった100円ですよ、100円!。温泉に1時間浸かったとしても200円にすぎません。こんなはした金をもマイカー族にとっては高く感じるのです。この投書を読んだ小生はそのあまりのミミッチさに思わず呆れ返ってしまい、情けなくなったものです。
 マイカー族に公共交通を使ってもらうには、運賃を下げるどころか、逆に高額の「公共交通利用奨励金」でも支給しなければならないのでは、とすら思ったりもします。

 そう考えていくと、コストに関しては、まずは自動車どうこうよりも公共交通のコストを下げる工夫こそが求められるのだ。
 注意しなくてはならないのは「そもそも公共交通の利便性が高く魅力的である」点だ。
 結局LRTを無料化するという大胆な策で解決しているなど、まさにコスト論をも含め解決していった好例である。
 日本の場合、すでにこれらの3都市を上回る公共交通分担率を有しており、これ以上の転換を促すには更なる工夫が必要であるのはいうまでもない。

→結局、公共交通に税金を割くわけでしょう。啓蒙活動なくして理解が得られますかね。

HEVのコスト  ../highway/log511.html#3

交通モードと環境影響の基本的な考え方(3)
 投稿者---とも氏(2002/07/19 09:14:59) http://town-m.vop.jp/

 公共交通を利用してもらうにはなにをすべきなのかという観点から具体的に見てみたい。

■都市圏規模によるケーススタディ
 大くくりの都市圏規模でまとめてみたい。もちろん、都市圏規模とは人口だけではなく中心市街地の求心力や都市の規模によってまったく違うものであり、それぞれに詳細なプランを立案することが当然不可欠である。
 いわばオーダーメイドであることは基本となる。

ケース1)大都市圏においては

 大都市圏においてはすでに鉄道やバス利用が多く、わが国の大都市圏の場合には自動車の慢性的混雑とあいまって環状方向導線のような低需要導線や非定常的な観光行楽交通を除き公共交通利用が一般化している。
 そういう点からすれば買い物などを含む非定常交通動態に対するアプローチが必要となる。
 非定常交通においては鉄道・バス会社側の施策がポイントとなる。例えば先のワールドカップにおけるカシマスタジアム輸送や小田急江ノ島急行のように「立って乗ることがあたりまえ」という輸送形態をいつまでも続けるようでは公共交通への転換など期待するだけ野暮とすらいえる。
ここを転換したいのなら啓蒙活動ももちろんであるが、その場合には環境負荷どうこうではなく単純にメリットを感じさせることがポイントとなる。
 環境負荷という観点で見れば、目的地と行動パターン次第では鉄道のほうが環境負荷が大きい場合がありえる。これは仕方がないことで、人数比で価格変動がおきる公共交通と、台数単位での価格変動になる自動車では大きな差がある。
 よって、無理に環境負荷という点で公共交通利用を促進することは利用者にとってはサービス低下を享受させなくてはならないことがおきる。それでは多少のコスト増であっても自動車利用を選択するのは当然である。

では公共交通利用にはなにをしなくてはならないか。現実の事例をみると参考になるものが多い

  • 割安かつ利用しやすいデイパスや観光地、商業地域を回る循環バスを設定し、ガイドなども充実させ公共交通での散策・移動を優遇(京都、鎌倉、バンクーバー、ホノルル)

  • 開発地域内店舗の負担により無料循環バスを設定し、また往復の公共交通自体に魅力をもたせ、しかも駐車場を時間制とはせず日単位とすることで結果的に無意識なP&Rを行わせる(お台場)

  • トンネルや橋梁などバッファになる区域にパークアンドライド駐車場や交通結節点を設置し、自動車を上回る快適・速達サービスを行うことで公共交通の利便性を高くする(神戸市、香港、シンガポール)

  • 公共交通の運賃制度を共通一元化することでコスト負担軽減をはかりつつ、快適さを兼ね備えた公共交通網整備と都心居住の推進をはかる(ニューヨーク、パリ)

ケース2)中核都市においては

 いわゆる政令都市や中核市クラスの都市においては公共交通網の整備レベルは高く、需要も堅調であることが多いが、自動車利用はそれを上回るペースで進んでしまっている場合が多い。
 定常交通においても自動車利用が多く、大都市圏のように単純な話ではない。
 しかも、都市計画において核はしっかりしているが「副次核」とでも言うべき後背圏の核が弱く、導線軸が見えにくい場合が多い。
 このような都市においては、まずは導線軸をきっちり設定すること、核となる拠点を郊外に設けること(郊外型店舗の集約地区でも良い)がポイントとなる。
 こういった核にトランジットセンターという交通拠点=交通結節点を構築していくのだ。いわば航空路のハブのような考え方である。
 そのハブまでは自転車、自動車、バスなど様々な手段で集まってもらい、そこからはマストランジットでの移動を容易にする。その場合にはもちろん相互の乗り継ぎ割り引きをはじめ様々なメリットを利用者が享受できる仕組みを構築しなくてはならない。
 とはいっても、現実にこれが出来ている都市は数えるほどしかなく、まだまだこれから整備をしていかなくてはならない。とはいえ、わが国の場合、国土交通省などでは交通結節点整備やオムニバスタウン、路面電車などの形で整備において公的資金を使う仕組みが出来上がっている。この財源には道路財源など自動車利用者負担のものが当てられる場合も多く、自動車利用者にとっての違う形のメリットになりうるものであり、現実、導入に当たっての障壁は予想以上に低い。
 ただし、これには理想論としての都市構造プランとともに現実を見据えたプランも必要になる。机上の空論ではない地に足をつけた議論を、高い理想のもとで行っていく工夫が重要である。その仕組みとしてはパブリックインボルブメントなどの合意形成手法をはじめ、IM法やTB法などのキャンペーンなどを様々に組み合わせていくことで可能となろう。

 具体的には

  • 郊外におけるパークアンドライドと都心フリンジパークアンドライドの二段構えに加え、都心内循環バスを運行することで分散化させながらも自動車利用をうまく抑制(仙台、札幌、パース)

  • 公共交通の利便性を高くしながら、相互の乗り継ぎ利便性の向上を図るとともに乗り継ぎ割り引きなどでコスト負担を極力抑える(福岡、盛岡)

  • 公共交通の価格を抑えることで都心エリアなどにおいて移動の容易性を確保しつつ、自動車移動には若干制約を与えることで、幹線軸における自動車利用と公共交通利用にメリハリを持たせるような誘導策を実施する(長野)

ケース3)地方都市においては

 地方都市の場合、少々難しい。まず一般論として公共交通のコストが異常なほど高い。
 地方私鉄であれば15分程度の乗車でも200円以上の運賃となっている場合がある。さらに、鉄道ネットワークやバスネットワークも弱く、乗り継ぎ利便性など極めて低い。
 路面電車やバスサービスなどが充実していても、乗り継いだとたんに自動車交通よりも高くなってしまうことや微妙な路線の違いなどから路線不明確性というデメリットがある。
 これでは使ってもらえる施設を作っても転換などしないし、環境優位性を説いたところでメリットが他に見えないし、しかも使いにくいのであれば場合によっては都心への交通流動自体が減少することだって考えられる。
 まずは2)同様、導線軸をはっきりさせるとともに、使いやすい交通網整備を推進していくしかない。それでも転換はそうそう生じないのが現実であるので、都心部における割安な駐車場整備とともに歩行者専用街区によって自動車の流入エリアにメリハリを与える。その上で、都心部においては公共交通移動を容易に可能なようにバス路線網などの明確化を図る、場合によっては商店街での買い物による無料乗車券発行など様々な誘導策、抑制策をとらなくてはならない。
 これには多くの反対が予想できる。一般的に自動車利用抑制への商店の反発はものすごいものであり、まず商店側と一緒に考えていく工夫、中心市街地活性化策としての取り組みをしなくてはならない。
 事例は少ないし(ブルーム、長岡など)、運営手法も難しいが、地方ならではの住民参加型によるコミュニティサイズでの運営(NPOやTMO,TMAによる運営など)により、公的負担を少なくしつつクロスセクターベネフィット的発想での様々な分野からの費用負担による成立も考えられる。


 このような公共交通誘導策を積極的に行う中で、「環境負荷」意識を薄くしつつも「なんとなく」感じさせる工夫こそが大切である。
 環境負荷意識を持たせることは大切であるが、環境負荷意識ばかりを先行させては「移動しない」ということが重要と感じさせることになりかねない。それでは意味がないのだ。
 外出率を高めることは福祉・社会保障、経済面など様々な面でメリットがあることはムーバスなど様々な場において、明らかである。
 であるからこそ外出率を下げずに公共交通を選択させること、それが必要なのだ。

 さらには都心外縁部に自動車交通を迂回できる道路を整備する(機能的な確保でよい)ことで、通過交通の都心内流動が不要になれば様々な策が打てる。
 トランジットモールをはじめ、歩行者専用街区、自転車専用道路などである。こういった策を実施するにはやはり通過交通迂回担保が不可欠である。
 アメとムチではないが、公共交通利用や自動車利用者が自然選択において環境負荷にも配慮したり、荷物や移動構成により手段選択できるような優遇策と抑制策の両立を図らなくてはならない。

■公共交通の運営
 ここで問題になってくるのは公共交通の運営手法である。
 例えば、諸外国のようなゾーン制を採用する場合、多くの例では公的負担が許容されている。これにより運賃の低減、共通化が可能になっているという現実は確かにある。昨今の規制緩和論からすれば暴論なのかもしれない。
 しかし、これは策次第という部分は多分にある。
 運営母体をNPOやTMO、第三セクター、営団、公団、公社など純民間とはしない方法もある。また、運営母体は公的もしくは半官セクターとし、実運営は民間企業にまかせる入札方式、運営権方式などの運営委託(日本では杉並区のすぎ丸、奈良十津川村、京都市バスなど)方式も現行制度下で行える施策である。場合によってはトータルの公的支出が減少することだって無い話ではない。
 また、地方分権にあわせた税制改革の一環としての道路財源の流用(インフラ整備には現在でも投入可能)、地方税として交通税の創設(福祉予算を組み込むことも考えられる。)も検討に値するし、運営もPFIやBOTの活用による方式も考えられる。
 様々な工夫で新たな税負担を最小限に抑えながらの策は十分可能であり、長野や沖縄に見られる提携や合併による効率化も期待できる。

 行政が効率だけではなく総合的な交通政策として、利便性や公共性を担保しながら都市構造プランを構築することができるかどうかがすべてである。その際、いかにして市民や企業を巻き込み、また逆に言えば市民や企業の発意を汲み取りながら構築するかが公共交通運営の効率化、公的負担に道が開くといえる。

■交通計画と啓蒙活動
 
自動車利用は抑制はしなくてはならない。これは環境だけではなく社会空間利用としての有効性から見れば疑いようのないことである。しかし、強制的に減らしたり、精神論で減らすことは利用者が移動に対しフラストレーションを無駄に貯めてしまい、TDMなどが効果のないものになる場合がある。
 過去、このような精神論や環境論でTDMを実施して成功したことはそうそうない。それを考えれば自動車利用を減らすのではなく適切に誘導するほうが効果的なのだ。よって啓蒙活動はそのあたりをしっかり考えなければ意味がない。
 公共交通と自動車交通を補強関係(ミックス)とするか競合関係(シフト)とするか。欧米ではずいぶん前にそのことが課題になり、トリップ長や特性によってミックスさせる考え方が主流である。いわゆるマルチモーダル思想だ。
 かのストラスブールもLRTだけで自動車を削減したのではなく、外周道路整備によって通過交通を迂回を行い、トータルのTDM、いわゆる「パッケージング政策」で減らしたことはざまざまな文献に載っている。
 しかし、わが国では悲しいかなハード面のLRTやトランジットモールに目が行きがちである。これは仕方がない。目に見えるものほど明確に訴えられるものはない(というよりも環境指向を強く打ち出すため道路整備を語っていない面が否定できないのが悲しいが)。
 であるからこそ啓蒙活動で目に見えないものを訴えるよりも、目に見えるメリットをより明らかにし、いかに魅力的であるかを理解させるほうが効果的なのだ。

 メリットとはもちろん価格だけではない。総合的な利便性でも良いし、そもそもわかりにくいのなら情報面を改善することだってメリットである。
 利用者にとって多様な面でのメリットがあれば確実に転換は生じる。価格面での追求力はより効果的であり、公共交通が魅力的なものとなるには求めざるをえない。そのための工夫を模索することは必要なのだ。

■啓蒙活動で忘れてはならない点
 
環境負荷を啓蒙していくにあたり、データ類が現実の感覚とまったくもって合わない点が課題といえよう。すなわち、「ローカル線に数人でも自動車よりも環境改善効果があるんです」などといわれても、ディーゼルカーならば大気汚染物質が出ているではないか、との発想は当然であり、それは現実問題としてそのとおりなのだ。
 各種環境負荷に対する文献においても輸送エネルギー量の単位はバラつきが出ている。これは仕方がないことであるが、もしも啓蒙活動をするのならば、行政サイドなりがきちんとした広報をし、市民がそのデータをバイアスなしで受け止められる土壌をつくらなくてはならない。
 行政が交通データを示しても市民側が反対運動的バイアスをかけた目でしか見れないために事業が進んでいない例も多いし、市民運動の要求に対し、適切に行政が対応できない場面もありうる。
 ましてや原理主義的軌道主義者にとっては、環状道路すら場合によっては反対をする。まったくもって交通流動を無視した議論が正論としてまかり通る。

 この状況では一般市民は環境負荷がどうだこうだで動こうとするであろうか。
 市民にはなにが正しく、間違えているのかの判断をするだけの資料が与えられず、良いトコ取りした話ばかりが一人歩きしている。

 軌道系導入に対する利点だけではなく、欠点、環境上の負荷の考え方などを徹底してPRすることも啓蒙活動としてあわせて行わなくては巧くいくはずがない。
 自動車会社や道路事業者に負けているのではなく、そもそも考え方と視点が違いすぎるのだ。
 国土交通省のHPを見ればわかるが、なにによってどの程度の環境改善効果があるかがキチンと示されている。これだけのものを出しているからこそ道路整備は是々非々での支持・反対が明確になるのだ。
 軌道系はどうであろうか。道路を潰して芝生軌道を敷いて・・・それはそれで美しいのかもしれないが、住民にとっては不安になっていくだけである。こういう方策で自動車を抑制させるような策を講じます、その上で道路を削減しますとならなければ説得力はないし、反対されるだけだ。

 奇麗事だけをあげつらうのではなく、なにがメリットでなにがデメリットかをきっちり明確にし、その上で様々なパッケージ策で解決していくんですという姿勢をきっちりあらわすことが重要であろう。既存鉄道との比較においても、どういう条件下でなにが問題なのかをきっちり示せば良い。
 さらには不安の払拭も必要だ。現地での移動手段に不安があって自動車を選択することもありうるのだ。それを解決するにはきっちりした広報、そしてサービスを提供することで解決していくしかない。

 ミックスさせる補強型交通行動はまったく浸透していないようで何気に浸透している。トレンタ君が盛況であることやパークアンドライドが一般化しつつあることが顕著に表しているといえよう。
 あとは、さらに進めるための努力なのだ。ドライバーにとってのメリットのない施策・広報をぶち上げ、規制規制でやるよりも、ドライバーにとってのメリットを明確にしてその上で軌道系誘導策を目に見える形で提供することが大切なのだ。

Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方(3)
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/20 15:24:14)

→小生のいう「啓蒙」とは「公共交通を利用しましょう」というものではなく、「公共交通に税金を割く施策にご理解ください」というものです。いくら行政が公共交通を便利にしようと策を練ったところで、「公共交通なんかどうでもいいからとにかく道路と駐車場を!」と猛反対されるのは見えています。

 自動車利用は抑制はしなくてはならない。これは環境だけではなく社会空間利用としての有効性から見れば疑いようのないことである。

→だからそれは貴殿が博識でいらっしゃるからそうお思いなのです。そう思わないバカも大勢おるのです。ご理解いただけませんか。

 しかし、わが国では悲しいかなハード面のLRTやトランジットモールに目が行きがちである。これは仕方がない。目に見えるものほど明確に訴えられるものはない(というよりも環境指向を強く打ち出すため道路整備を語っていない面が否定できないのが悲しいが)。

→その儀は小生も考えが変わりました。ただ公共交通を便利にするだけではだめなんですね。肝に銘じます。

 各種環境負荷に対する文献においても輸送エネルギー量の単位はバラつきが出ている。これは仕方がないことであるが、もしも啓蒙活動をするのならば、行政サイドなりがきちんとした広報をし、市民がそのデータをバイアスなしで受け止められる土壌をつくらなくてはならない。

→それはおっしゃるとおりだと思います。

 ミックスさせる補強型交通行動はまったく浸透していないようで何気に浸透している。トレンタ君が盛況であることやパークアンドライドが一般化しつつあることが顕著に表しているといえよう。

→「汽車賃払うぐらいなら目的地までマイカーで行ったほうが安い」という愚息の弁。

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2004.11.06 Update


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