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(過去ログNo.)

岩泉線不通も長期化か

投稿者---551planning (2010/08/08(Sun) 15:22)

こちらもキナ臭くなってきました。

07/31、JR-E岩泉線:押角―岩手大川駅間で大規模な土砂崩れが発生、丁度通りかかった普通列車(乗客2人乗員7人)が土砂に乗り上げる脱線事故となり、現在も運転を見合わせていますが、JR-E盛岡支社は08/06、近く「岩泉線土砂崩壊災害原因調査検討委員会」を設置すると発表しました。
事故発生直後の速報段階では「復旧には数日かかる」等の表現もあったかと記憶しているのですが、まず現場画像から土砂崩落のもの凄さが伝わり(まさしく落石シェルターがなければ…というレベル、軽傷者4人のみはまさに不幸中の幸い)、その後盛岡支社リリースでの「当分の間」という表現に、数日ではない響きを感じ取ってはいたのですが、盛岡支社長は記者会見で『慎重に調査を進める』『委員会の調査を待って方針を決める』という趣旨の発言をしており、事態は長期化の様相を呈しています。

各種報道からまとめた盛岡支社発表概要は下記の通り。

■崩れた土砂が不安定であるため復旧作業が進められない

  • 土砂崩れはは高さ約30m、幅約25m、流出量は約1000m3 現在も落石が続いている状態
  • 脱線車両は先頭部分2.2mが土砂に乗り上げている
  • 現場付近に側道がなく、救助隊員も線路伝いに約5kmを徒歩で向かったほか、携帯電話も通じなかったので運転士による事故発生の1報は約200m離れた鉄道電話からだった

■土砂崩れの原因が特定できていない

  • 現場周辺の24時間降雨量は最大27mmと規制値の半分以下
  • 長年の風雪による地盤の脆弱化、2008/07/24の岩手県沿岸北部地震(M6.8、岩泉町で震度5弱)の影響を示唆する声も

■検討委は学識経験者やJR-E関係者など11人で構成、下記を中心に復旧方法や安全対策について検討

  • 土砂崩落の発生原因とメカニズム
  • 崩落個所の災害防止対策
  • 同線における類似個所の調査
 

なお、岩手県沿岸北部地震の際にはまる1日以上運転を見合わせたものの翌日午後から徐行運転にて運転再開、約1週間後に徐行運転も解除されていました。

***
ところで、事故列車の乗客はいずれも観光客だったとのことですが、こんな記事も。

前段記事では、岩手大川駅周辺では約30世帯が暮らしており『交通手段がない高齢者が多いだけにいつ復旧されるのか気掛かり』『(宮古市への通院に)車がないので列車に頼らざるをえない。このまま路線が廃止されなければいいが』との声が切実ですが、後段記事では岩泉町内のホテルで事故後少なくとも8件のキャンセルが出ており『岩泉線と龍泉洞は生命線なのに…』の声が紹介される一方、通学通院利用者が多いという岩泉駅の利用者は2009年度で22人/日とも-この辺りの数字をどのように捉えるかは微妙なところでしょう。

冒頭紹介の毎日記事では観光への影響懸念として『観光バスなどで訪れる人が多いので、影響はないと思う。ただ、鉄道ファンが減るのではないか』と龍泉洞事務所関係者がコメント。「地元では事態の長期化を懸念する声も上がっている」とする一方、代行バスについて岩泉高校2学期開始を受け08/17から、通過扱いとなっていた押角・二升石両駅の停車(最寄り国道に仮設停留所設置)と列車設定のなかった岩手和井内→岩泉間の朝1便の実質増便、一部便でワゴンからマイクロバスへの車両大型化などがなされることで「利便性は高まる」とも指摘しています。ちなみに代行バスのうち山田線直通区間については列車の運転が再開される上に平行して代行バスもそのまま運行されることとなり、宮古市内区間利用者および岩泉線方面直通利用者ともに配慮した形となっています。

岩泉町は08/09に早期復旧要望を申し入れたほか、達増岩手県知事も08/02の記者会見で、JR-Eの現状調査等の進展次第としながらも『何か高度な技術を要する復旧の作業については、いつでも相談に乗り、また必要であればお手伝いしたいと思っています』と述べたほか、下記発言も。

過去に国鉄時代、赤字ローカル線廃止の議論があった時に、バスなどで代替できるところは廃止するというような原則がありました。あそこは並行して走る国道があるのですが、やはり狭隘でバス路線による代替ができないこともあって岩泉線が存続したという経緯があります。そういう意味では、あの鉄道がないと非常に地域の皆さんは不便をしますので、観光資源としての存在でもあるのですが、生活路線でもありますので、そういう地域振興的な観点から県としても地域の皆さんにそこはしっかりと対応していきたいと思っています。

(2010/08/02 知事記者会見から一部抜粋 原文ママ)

岩泉線ではJR化後の1995年、JR-Eが沿線自治体にバス転換方針を提案したものの地元が強く反発。「宮古地区広域圏鉄道対策協議会」を設置し存続運動を展開した-という経緯もあります。
協議会は最近も年次総会レベルは開催されているようですが、個別具体的な動きはさっとの検索レベルではなかなかひっかからず…JR-Eとしても臨時列車運行などにより活性化の狙いはあったようですが、こちらも2008年以降は運転されていないとのことで、表現は悪いものの「きっかけひとつで…」という状況にあったのでは、とも邪推してしまいます。
ともあれ、こちらも要経過観察、ということになりましょうか。

岩泉町、「JR岩泉線復旧応援サイト」開設

投稿者---551planning (2010/08/13(Fri) 21:12)

JR-E盛岡支社は08/11、岩泉線土砂崩落事故現場を報道公開しました。現場では小規模な落石が続いているとのことで、撤去不能となったキハ110系車両が土砂に圧されて落石シェルターにもたれかかるような様子からも崩落の規模の凄さとまさしく間一髪であった-という状況が伺えます。
現場に通じる線路に仮設の足場や手摺を設置、「岩泉線土砂崩壊災害原因調査検討委員会」関係者が個別に視察を行っているとのことですが、現時点で委員会設置時期、そして復旧見込みについては未定とのこと。

そんな中、報道公開と同日に岩泉町が「JR岩泉線復旧応援サイト」を開設しました。報道公開時の現場写真のほか、代替バス情報や町長メッセージ、事故発生後のドキュメントや応援メッセージ受付フォームなどで構成。ドキュメントには事故当日の状況も仔細がまとめられており、別途報道で「携帯電話が通じなかったため、運転士が200mほど離れた沿線鉄道電話にて第1報を伝える」「現場付近に側道がなく、救助隊は線路伝いに5km程を徒歩で向かった」といった話は把握していたものの、県防災ヘリが事故1報直後に出動したもののやはり急峻な場所だったこと(や、07/25の埼玉県防災ヘリ墜落事故も遠からず影響したのか)からその後断念していたという話は初耳でしたね。

伊達勝身町長はメッセージにて、急峻な山々に阻まれる交通難所にある町にとって、特に交通弱者にとっては毎日の生活に欠かせない足として、また全国の鉄道ファンから注目を集め地域経済に寄与する観光路線として、同線は安全確実な公共交通機関と位置付け。今回の長期的運休は開通以来例がない状況であり、『大切なふるさとの公共交通機関であるJR岩泉線の早期復旧のため、岩泉町でもJR東日本にできる限りの協力をし、一日も早い復旧に向け鋭意努力して参りたい』として、現状報告や応援メッセージを受け付けるサイトを開設した-としています。

***
ただし-何たる偶然と云うべきか、08/12付で町公式サイトにて公表された「岩泉町観光振興計画」(2010-2015)を見たところ、龍泉洞や三陸海岸などの豊かな自然環境を活かした「岩泉エコミュージアム」実現に向けた諸施策の概要がまとめられているのですが…。

いかにもコンサルが纏めたな、という所感はさておき端的に云うと、岩泉線についての現状分析および観光振興計画等がなされていません-というか本文中に「岩泉線」という文字すら出てきません(三陸鉄道は辛うじて小本エリア紹介時にさらりと触れられているのですが)。
個人的にこれを驚くべきこととは思いません。むしろ広域移動における岩泉線の存在意義の低さが、観光振興計画で触れられていないことで改めて如実になったと捉えるべきかと。実は同計画内の岩手県の観光をめぐる状況分析には、2008年度の県観光客利用交通機関状況として、過半を占めつつも若干減りつつあった自家用車のシェアが前年比で20%近く急落し45.7%過半数割れする一方、鉄道のシェアが10%以上も上がって28.4%となるという特異な数字が出ていたり(景気低迷やガソリン急騰、JR-Eえきねっと会員割引「トクだ値」拡大等によるものと思われる)、また今後の分析として高速道路料金割引動向とともに12月に迫る東北新幹線新青森開業と、2012年度末までの段階的高速化による関東方面などからの交流人口増加が期待-ともされていたりする中、それでも“地域経済に寄与する地元観光路線”への言及が全くないのかと強く印象に残った次第です。

岩泉駅

なお、まさしく観光の中心である龍泉洞ですが、三鉄ブームの影響も大きいと思われる1985年度の年間47万人をピークに右肩下がり、2008年には年間16万人台にまで落ち込んでいます。去る08/11には1961年のオープンから累計1400万人を迎えたとのニュースもありますが、報告書では、鍾乳洞そのものの良好な管理はもとより、周辺再整備やアメニティ向上による観光資源としての魅力を高めなければ…とまとめられています。ま、このあたりからも「エコミュージアム」へ持っていく報告書の“構成”が伺えるのではありますが。

***
さて町長メッセージに戻ると、代替ルートであるR340について、単車線の狭い曲がりくねった道路で特に押角峠越えは急カーブの連続で厳しく、冬場は積雪により運転には神経をすり減らす-と触れられていますが、なるほど別の町ブログに掲載された写真を見る限りかなり厳しそうな印象を受けます。

とはいえ…と思ってしまうのは余所者だからでしょうか。朝日記事によると岩泉駅定期券利用者は通勤1人に高校生通学7人とのこと。クルマでの往来の厳しさはたしかにあるでしょうが、JR-Eとして背負わされる公共交通機関としての“責務”はあまりに大きいと言わざるを得ないのかなとも思うのですが…。

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廃線、事実上決定へ。

投稿者---551planning (2012/03/30(Fri) 22:54)

復旧成った美祢線のその後もまとめきれていないですが、こちらも“一定の目処”が示されました。

前日から報道が出ていたところですが、結論としては『岩泉線を鉄道として復旧することは断念せざるを得ず、当社の責任において、バスにより地域の交通を確保していきたい』というもの。町民11名が亡くなり沿岸部を中心に208棟が損壊・流出等の被害を受けた東日本大震災もあり、『JR岩泉線の鉄道としての復旧は復興の象徴であり、それを断念することは、地域住民に大きな失望を与え、復興への進捗を失速させる』と岩泉町長は遺憾の意を示していますが、多額の復旧費と46人/日(事故不通前の2009年度)という極限というべき利用状況を切々と示すデータが積み上げられたリリースを見ると、改めて450人/日の長電屋代線や1177人/日の十和田観光電鉄といった辺りからしてむしろそちら側への胸に迫るものがあるというか…。

加えて震災・豪雨で一部区間長期不通となっている同社ワースト2位の只見線が388人/日、3位の392人/日の山田線と、その下に示された“【参考】三陸鉄道(全線)の449人/日”という数字の対比、また83人/日のJR-W三江線、および今冬の豪雪で長期不通となった大糸線や木次線、JR-H留萌本線等々の数字もまた気になって見えてくるような。台風被災で一旦廃線方針が示されながらも復旧へ転換したJR-C名松線が333人/日(被災不通前の2008年度)というところからも余計に目立ったりとか…無論ネットワーク等々周辺環境の違いから一概に云えるものではないのですが、だからこそのこのリリース資料の「重み」を感じさせられるのです。

岩泉線、その後。

投稿者---551planning (2012/07/29(Sun) 09:47)

久々に記事を見かけました…きっちり追っていないといけませんな。

03/30付けリリース直後から地元は猛反発だそうで、04/16には岩手県・宮古市・岩泉町の沿線3自治体会談が行われ、JR-Eに対して鉄道での早期復旧および地元自治体・地域住民との協議体設置要望、国に対して法律に基づくJR-Eへの「指導及び助言」要望、そして復旧費用約130億円の内容検証実施-という4点について合意。最後について「JR岩泉線安全対策費用検証委員会」が設置され、今秋までに結論を出す予定となっています。
さて06/29に行われた現地調査については複数メディアで記事となっていましたが、住民説明会についてはJR-E側からの廃止理由説明後『その後の意見交換は、JR側の要請で非公開で行われた』せいもあるのか現時点で岩手日報のみでしかヒットせず-岩泉線存続強化促進期成同盟会の代表ら約80人が参加、『出席者らによると、住民側からは「見捨てないでくれ」「高齢化率が高まっている中で列車は必要だ」との存続を求める声や、「万が一、代替バスにするならば狭い道路を整備してほしい」などの提案もあった』そうですが…。

岩手県・岩泉町サイトを見て廻りましたが、当然ながら震災復興が中心となるなか、岩泉線関連についてはあまり引っかからず。達増知事会見でも都度言及はあるようですが記録に残っているものは少なく、JR-Eリリース直後の04/02には財政支援の可能性について『いろいろな数字やコストの話とかが出ているわけですけれども、電気やテレビ、あと電話などもそうなのですけれども、山奥だからといってコストがかかるから撤退という論理だけではないのと同様に、鉄道というものもその論理だけではないだろうと思っています』とする一方で『その前提になる数字の検証を、まずはやらなければならないのではないかと思います』とし、3者会談後の04/23には『法律でさまざま国はJRの事業についてあれこれする立場にありますので、国にも国としての責任を果たしてもらうという形でアプローチしていきたいと思います』とくらいが目を惹いた程度かと。
ましてや「応援復旧サイト」も4月以降の動きはコメント程度のようで-震災ですら風化が懸念される中、地元としてどのような選択をするのか。気仙沼線に始まり大船渡線・山田線にもというBRTの動向やJR-Wでの展開を横目にすると、改めて「情報発信」の有用性を思わずにはいられないのですが。

Re: 岩泉線、その後。

投稿者---551planning (2012/07/31(Tue) 09:09)

「情報発信」の有用性を-とした当方の思いを見透かして…というわけではなく、一連の流れを1つの区切りと捉えているのでしょう。

改めてリリースを打ってきたわけですが、『当社といたしましては、沿線の皆さまに、当社がこの結論に至った経緯をご理解いただきたいと考え、ご説明を行っております。今後も引き続き、十分なご説明と協議を丁寧に行ってまいりたいと考えております』として、07/25住民説明会時資料を公開してきました。事故前の利用状況と輸送力の推移を詳細化するとともに、増収およびコストダウンの取り組み状況を追加。衝撃的にも映った「ご利用状況の比較」も全国下位10路線データが2008年度から2009年度のものに変えられていましたが、JR-W三江線と阿佐海岸鉄道が100人/日割れに、その他エントリー路線も軒並み数値を減らしています(紀州鉄道は前年データがなかったのかな?)。

いっぽう地元では毎年恒例となっていた駅の清掃活動が行われ、『JR岩泉線は地域にとってなくてはならない、住民の足であり生活の一部』と自治体の方が話されているようですが…。


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