トップページ企画一覧BBS活用ガイド>CTC成田新高速論過去ログ
powered by ロリポップ!
CTC ≪特別企画≫成田新高速鉄道を考える
(過去ログNo.158)
下記内容は予告なしに変更することがありますので、予め御了承下さい。
当サイトの全文、または一部の無断転載および再配布を禁じます。

backindexnext
「採算性」の定義を問う
 投稿者---和寒氏(2002/05/18 08:27:01)
 http://www.geocities.jp/history_of_rail/
─Re:「採算性」の定義を問う
 └貨幣タームでの採算か社会全体での便益か
  └包括レス:成田新高速が必要かどうか。
   └包括レスに掻い摘んで御返答・・・
    └資金調達について
    └包括レスに掻い摘んで御返答・・・に返答させていただきます
     └論点整理の提案
      └採算性だけでない「マクロ」と「ミクロ」での
                             物の見方の差が有るのでは?
       └社会的便益評価序説
        └経済学的には「2つの回答」はどちらも正しい?
         └利用者便益分析解説
          └私の「利用者便益分析解説」への返答

 和寒です。
 TAKA様の御高説には毎度感心するところ大ではありますが、基本認識にあやしい点が見える気配もあり、敢えて厳しくリプライします。

 又私の主張を一言で言うと「成田新高速鉄道は幾ら公共事業といえどもシビルミニマム以上の物であるから採算性を重視すべき」と言うことです。

→この「採算性」とは、なんでしょうか。定義を明らかにしてください。
 私には、旧運輸省の鉄道事業認可採択基準「初期投資を全額借入し30年で償還できるかどうか」を指しているとしか考えられません。
 もし「採算性」=「初期投資全額借入30年償還可」と一対一で認識されているならば、発想が固いといわざるをえません。

 例題として、北総を考えましょう。
 北総の経営は、残念ながら好調とはいえません。TAKA様の見方を採れば「不採算事業」ということになるかもしれません。
 ではなぜ、北総は「不採算」であるのか、TAKA様は説明できますか? 私は50字程度で端的に説明できます。そして、その改善策をも50字程度で説明できますし、その結果北総は採算がとれるようになると導くこともできます。(念のため記しておきますが、その改善策には補助金等公的資金の導入は含まれておりません)

 「採算性」について云々するならば、上記の例題を簡単に解いてもらいたいものです。
 私の見るところ、TAKA様は「経済理論」には強い様子ですが、「経営理論」はそれに追いついていない気配があります。「世の中を実際に動いているお金」にも思考をめぐらせて頂き、「採算性」を論じて頂ければありがたいです。
 この基本認識の差を縮めておかないと、せっかくの議論もむなしくなりかねませんので。

Re:「採算性」の定義を問う
 投稿者---TAKA氏(2002/05/18 13:28:20)

 この「採算性」とは、なんでしょうか。定義を明らかにしてください。
 もし「採算性」=「初期投資全額借入30年償還可」と一対一で認識されているならば、発想が固いといわざるをえません。

※はっきり言って私の基本的採算性概念は「資本費を償却しながら利益を計上できる」と言う考えですから、貴方の言われる「固い発想」その物でしょう。
 民間的な投資の基本の発想はまさしく此処にあるのです。民間事業は慈善事業ではありません。
 固い発想でもこれは私企業の経営に譲れない大原則です。
 これは成田新高速鉄道では第二種免許の京成に関して当てはまる物です。
 只公的資金投入に関しては「補助投入≦得られる費用・効果等の便益」でしかもその差額が大きいほど優先して投資の配分を振り分けるべき、と考えます(シビルミニマム以下の物は除く)。
 (それに投入できる税金は無限ではないですから・・・無限と考えていられるのなら非常に危険な発想です)
 又これは成田新高速鉄道の投資では460億円の補助金に言える物です。

 ではなぜ、北総は「不採算」であるのか、TAKA様は説明できますか? 私は50字程度で端的に説明できます。そして、その改善策をも50字程度で説明できますし、その結果北総は採算がとれるようになると導くこともできます(念のため記しておきますが、その改善策には補助金等公的資金の導入は含まれておりません)。

※まずどの様な見方をするかですが、北総に関しては第三セクターですが京成の連結対象子会社ですから京成の視点に立って考えましょう。
 京成の視点に立てば一言「不採算事業」「お荷物」です。京成グループは2,000億円を超える鉄建公団への償還金を有利子負債に計上する事を考えただけで私が京成の経営者ならゾッとします。

(1)不採算の理由
  [1]鉄建公団への償還も出来ない位儲かっていない
    →高運賃でも沿線人口が少なく利用者が少ないから必然的に儲からない。
  [2]営業上利益が出ても金利だけでアップアップするほどの大きな資本費
    →利用客数に対し大きすぎ贅沢すぎたインフラ投資
  [3]開発利益を内部補填又は受益者負担で還元するスキームがない
    →都市基盤整備公団のNT開発共通のの問題

(2)改善策→方法は北総からインフラを切り離すしかない。
  「1」特定目的会社を作り2500億円の北総資産を証券化する。→それで得た資金を鉄建公団償還に充てる。
    北総からは使用料を取りそれで配当と証券の償還原資に当てる。でもこの証券の買い手がいるかが問題
    →余り現実的ではない
  「2」北総は二種免鉄道に特化してインフラにかんする債権・債務を都市基盤整備公団に譲渡する
    →[1]の特定目的会社を都市基盤整備公団に変える。都市基盤整備公団は北総からの使用料と
     千葉NTの開発利益で鉄建公団への2500億円の債務を償還する。
     これは必ずしも公的補助ではなく、受益者負担になる。又[1]の特定目的会社を作り証券の受け手を
     都市基盤整備公団と周辺自治体にする手もある(自治体は受益者負担の範囲内で)

 あなた流に言えば「経営学に無知」な私の改善策はこの様なところですね。
 基本的に鉄道建設は今や単独事業としては成り立ちません。(資本費負担が重すぎて)スキームを作り資本費を「バランスシートからオフバランスにする」手法を考えないと成り立ちません。その点では成田新高速鉄道の実質的な上下分離のスキームは賛成ですが460億円の補助金を投入すべき事業かが問題と考えます(少なくともシビルミニマム以上の事業ですから)。
 460億円補助金を他の受益者負担や使用料で償還可能なら反対はしません。
 シビルミニマム以上の事業に税金を投入する以上誰にどれだけの便益があり460億円の税金投入は無駄ではない事の説明が必要であると思います。
 その為にも色々とくだらない?条件を付けたり、皆さんから見て馬鹿馬鹿しい?代替案を提案したり説明努力はしているつもりです。

 少なくとも人に説明を求めた以上貴方にも「知識のある経営学」に基づく北総の「不採算」の理由と「改善策」を御提示頂くのが筋でしょう。
 別に50字には拘りませんから・・・

貨幣タームでの採算か社会全体での便益か
 投稿者---和寒氏(2002/05/18 13:59:59) http://www.geocities.jp/history_of_rail/

■例題の解
 前置きとして、50字にはこだわります。なぜなら、こういう事柄は端的明解に記述するべきだと、私は考えるからです。
【不採算の理由】
 営業成績は堅調だが、初期投資に比べ自己資本過小であるため、償還負担が過重である。
【改善策】
 債務を転換社債に切り替える(※)。償還負担は減り財政は健全化、転換後株式で配当供給もしくは売却益を得る。
 ※:現行制度上困難である可能性はある。

 なお、TAKA様呈示の案も有力な選択肢と考えます。私の案には、制度上実行できない可能性もありますし、証券化という基本アイディアの部分は実は共通しております。

■補助金投入の是非について
 先の書きこみは厳しいトーンで書きましたが、

 「資本費を償却しながら利益を計上できる」

 この資本費が「プロジェクトの総額」と考えるのであれば、やはり発想が固いですよ。それは企業マインドどしては是であっても、自治体の投資(補助金を含む)が入ってくるのであれば、税収増などの形で別ルートから償還することも可能なのですから。

 とはいえ、基本認識は私とそう変わらない様子ですから、争点となりそうなのは、

 460億円補助金を他の受益者負担や使用料で償還可能なら反対はしません。
 シビルミニマム以上の事業に税金を投入する以上誰にどれだけの便益があり460億円の税金投入は無駄ではない事の説明が必要であると思います。

 という点でしょうか。
 前半部は、投下した補助金を全て貨幣タームで回収されるべきと受け止められますが、これはいくらなんでも極論のように思え、賛同できません。しかし後半部では、貨幣ターム以外でも便益発生が認められれば補助金投入可、と読みとれ、この趣旨であれば、私も得心がいくところです。
 成田新高速の場合、発生する貨幣タームではない便益は 500億円というオーダーにとどまるとは思えず、補助金投下の対象に充分なりえると認識しています。私自身はその検証作業をしておりませんが、既に多くの方が試論を呈されていると理解しております

包括レス:成田新高速が必要かどうか。
 投稿者---とも氏(2002/05/18 17:37:18) http://town-m.vop.jp/

 ともです。
 包括的に意見を書きます。

 あくまでも私の私見ですので意見の相違にはご容赦下さい。

 もちろん、それは当然です。皆意見が一緒ならそれこそ怖い話です。

○アクセス

 すいません言葉が足りなかったです。「成田新高速鉄道が出来ても都心アクセスが足を引っ張り対JR逆転は?ではないですか?」で文脈は通じるでしょうか?

 そういうことなら、納得できます。言い換えれば、京成にしてもJRにしても新高速にしても都心アクセスをないがしろにしての判断はということかと思います。まさにそのとおりで、一面的な所要時間や費用面での評価ではなく、こういったいわばソフト的部分の評価が大切と考えます。

○評価軸

 確かに空港アクセスは重要です。
 しかし「国策」とは国の国民の為にあるのではないのですか?「国策」だから何でも優先されるのですか?「国策」で有ればそれ以外の要素は無視されるのですか?
 そんなに国策と言われるのなら成田新高速鉄道は国営にすべきでは?

 ですから、公団が出資し、国が通常の鉄道予算を超過した形で補助制度の拡充まで行い事業を行っているのではないですか?

 国民全体が広く利益を得るものが「国策」である以上、国の骨格をなす整備新幹線、高速道路、国際空港に国税が投入されるのは当然であって、新高速はその国際空港機能の一部なのですから当然です。
 新高速は東京の国際都市機能の向上につながるものであり、それは成田空港という日本の玄関口と首都であり経済中心である東京を直結させるものである以上は否定できません。これはすなわち、東京の国際競争力低下に直接的につながっている「空港アクセスの悪さ」の改善につながるものであり、それは国の経済環境の改善、国税の増収など国の利益に直結するものです。よって、これは国策といえませんか?

 小田急の改善のような「通勤改善」は「東京」一都市としての課題にすぎず、決して国としての課題ではないのは仕方がありません。それが現実なのです。
 国の役割をどう規定するかですが、国家的課題に対し国が適切に対応することは疑いのない国の役割です。そう考えれば、成田空港という日本のゲートへのアクセス改良は国家的課題であると言え、そのために国が動くことは当然といえます。

○採算性

 民間的な投資の基本の発想はまさしく此処にあるのです。民間事業は慈善事業ではありません。
 固い発想でもこれは私企業の経営に譲れない大原則です。

 これはそのとおりです。

 只公的資金投入に関しては「補助投入≦得られる費用・効果等の便益」でしかもその差額が大きいほど優先して投資の配分を振り分けるべき、と考えます(シビルミニマム以下の物は除く)。
(それに投入できる税金は無限ではないですから・・・無限と考えていられるのなら非常に危険な発想です)
 又これは成田新高速鉄道の投資では460億円の補助金に言える物です。

 新高速の費用便益資料はすでにチェックをされたと思いますが、国土交通省HPに出ています。
 ここでの計算結果を見る限り、総費用923億円(減価償却見込み)に対して総便益2,182億円です。
 ということは便益/費用のいわゆる費用便益比=B/Cは2.4であり、客観的にみて十分費用対効果はあるとなり、決して無駄な事業とはなりません。

国土交通省 http://www.mlit.go.jp/tetudo/jigyo_hyoka/011220.pdf

 前半部は、投下した補助金を全て貨幣タームで回収されるべきと受け止められますが、これはいくらなんでも極論のように思え、賛同できません。しかし後半部では、貨幣ターム以外でも便益発生が認められれば補助金投入可、と読みとれ、この趣旨であれば、私も得心がいくところです。

 そういうことですね、貨幣タームだけで評価するのは、前にも書きましたがすべての事業が無駄になることすら考えられるのが日本の現実です。

 新高速が無駄か否かの議論は大事ですが、その前に、現状認識をしっかりするほうがよいと思います。
 まずは、国などから出されている便益資料などをじっくり読み、その計算方法などを含め、確認したほうがよいでしょう。

 それでは

包括レスに掻い摘んで御返答・・・
 投稿者---TAKA氏(2002/05/18 23:41:36)

 TAKAです。度々ですいません。
 包括的に意見に掻い摘んでご返事を書きます。

 皆意見が一緒ならそれこそ怖い話です。

 逆に私は此処で、私以外の殆どの方が成田新高速鉄道建設賛成であり、其処に落とし穴があるのではないかと思っています。
 ですからしつこいぐらい推進の意見のアンチテーゼとして「採算性」という有る意味で漠然とした表現を使い慎重な意見を述べています(必ずしも絶対反対とは言っていません)。
 正直言って「怖い」状況が存在しているとも言えるのでは?

 (「国策」)ですから、公団が出資し、国が通常の鉄道予算を超過した形で補助制度の拡充まで行い事業を行っているのではないですか?

 都市に置ける地下鉄を除く鉄道の建設補助、即ち鉄建公団による建設補助(建設費を鉄建公団が払いそれを資産引継後年賦で返済し其処に金利補助をする)に関しては、大手民鉄に関しては必ずしも費用補助になっておりません。下手したら市中金利の方が安いですし、信用度の高い会社で有ればその費用は調達できます。
 それで鉄道会社に掛かる、連続立体分補助(これは鉄道事業への補助ではなく道路行政の一環ですから)を除く総工事費はそんなに変わりません。只資金調達その物に関するコストがかからないのと、市場に繰り上げ償還を求められるようなことのない安定した長期融資を受けられる事にメリットを感じているぐらいであると思います。
 ですから、鉄建公団補助や変則的な受益者負担(受益の先払い)の特定鉄道整備積立金制度では、制度的には拡充していますが、基本的には東京圏で行われている民鉄の輸送力増強工事は鉄道会社の設備投資努力と変則的受益者負担で行われていて、鉄道を対象にした補助はそれこそ便益に対して非常に薄いと言わざる得ません。
 国・地方の別ではなく便益を受ける人数の多さも国の補助の対象として検討する重要な基準にすべきでしょう。
(私は、この民間努力と受益者負担で設備投資工事を行い、輸送設備改善を行うこの様な形こそ好ましい形と思います。当然採算性を考えその中で行っていますから・・・)

 国民全体が広く利益を得るものが「国策」である以上、国の骨格をなす整備新幹線、高速道路、国際空港に国税が投入されるのは当然であって、新高速はその国際空港機能の一部なのですから当然です。

 国民全体が広く利益を得る物=国益であれども、国益=税金投入は違うと思います。
 まず国益の概念自体が曖昧であると思いますし、国益だから簡単に税金を投入する考えも又非常に安易であると思います。
 確かに国の骨格になる事業で、最低限必要でしかも国の発展に重要な事業は沢山あります。
 しかし税金を払うのは国民全体であれど、国益を受けるのは全ての国民ではありません。
 皆が最低限の公平な生活を送る為のしかるべきインフラ(シビルミニマム)に関しては富の再配分的意味もあり公的な税金で行わなければならない物です。
 しかしシビルミニマム以上の上記の事業に関して、受益者は必ずしも国民全員ではありません。
 その様な場合、税金に対する受益は出来るだけ平等であるべきと言う考えからすればシビルミニマム以上のインフラ投資に関しては基本的には受益者負担で行いそれで足りない部分を最低限その地域の地方税で行い、それでも足りない部分を国税で補うべきです。
 そうでないと税金の「富の再配分機能」が損なわれ恣意的な配分が行われかねません。
 (税金を支払うのは所得に応じた比例徴収で配分は平等で有ればそれにより再配分が自動的に行われる事になる)
 税金による補助に関しては明確な基準を作るべきです。

 確かに成田と首都東京を直結するのは否定しません(逆にそれが目的なのですから・・しかし都心ではホントに都心と直結しているかは?ですがね)
 但し空港アクセスの悪さは東京の国際競争力の低下に関しては「One Of Them」ではありますが「All Of Them」ではありません。
 飽くまでも一要素に過ぎません。東京の国際競争力の低下は日本の経済的地位の低下が原因です。
 都市としての東京の国際競争力向上は非常に重要ですが、それが成田新高速鉄道によるアクセス改善で実現されるとは
余りにも短絡的発想です。東京の国際競争力向上は日本の経済の活性化・東京の産業活性化というマクロ的産業再生プロジェクトにより達成される物であり、成田新高速鉄道の建設というミクロ的プロジェクトだけで達成される訳ではありません。
 それは都市再生に関しても、必要用件の一つではあるでしょうが絶対用件ではありません。

 小田急の改善のような「通勤改善」は「東京」一都市としての課題にすぎず、決して国としての課題ではないのは仕方がありません。それが現実なのです。

 でしたら東京の国際競争力向上も「東京」1都市の課題でしょう。
 国の課題は東京だけでなく国全体の国際競争力の向上であり、必ずしも国の国際競争力向上=東京の国際競争力向上ではありません。(近道ではあるでしょうが)
 それなら何故成田新高速鉄道の建設だけ特別扱いするのですか?
 成田新高速鉄道の建設がもたらすアクセス改善は便益地域が東京だけではないのは認めますが、日本国内全域でもありません。それなら成田発着国内路線を小型機等で強化した方がよほど日本国内全域に便益を広げられる事になります。

 国の役割をどう規定するかですが、国家的課題に対し国が適切に対応することは疑いのない国の役割です。
 そう考えれば、成田空港という日本のゲートへのアクセス改良は国家的課題であると言え、そのために国が動くことは当然といえます。

 これは仰有るとおり「国家の役割」に対する考え方により、成田新高速鉄道の建設は国家的課題になるか、民間の市場調節に合えばやるべきな事業かは分かれると思います。
 これは前々から言っていますので、これ以上は言いません。
 私は後者であるべき(市場調節には受益者負担の下駄も加えますが・・)と一貫して考えていますしそれは揺るぐ気はありません。

 採算性に関しては字数制限を越えそうなので別に書き込みます。

資金調達について
 投稿者---エル・アルコン氏(2002/05/19 02:10:11) http://6408.teacup.com/narashinohara/bbs

 採算の問題、「公共」の意義については、今更述べても屋上屋を課すだけなので差し控えさせて頂きます。

 で、一点だけ気になる部分です。

●プロジェクト資金の調達
 出資金か借入金か。また直接金融か間接金融か。さまざまなパターンがありますね。

 まず誰もが考えるのが調達コストを極小化すること。出資金も配当金という形で金融コストがかかりますし、借入は直間問わずかかりますね。
 理想はそうですが、実際にネックになるのは、誰が資金を出すのか。これが総てです。投資利回りがいくらになるのかを見て投資サイドは判断します。

 それから調達リスクを回避すること。資金運用表でいう運用と調達のサイトが奇麗に揃うことはまずなく、調達を何回かつなぐ必要がありますが、きちんとロールオーバーできるのか、その目処はあるのか。

 また、当たり前ですが、貸し手の余力があること。市場に引き受け余力があること。そして借主=発行体の体力=格付です。
 こうなると自己資本を厚くするなど財務指標への目配りが肝要です。

 結局、なぜこの手の資金が長期固定で調達されるのか。つまり、ロールオーバーリスクの回避、借り換え時に、自分の財務状況、マーケットの状況により調達の可否、調達金利水準が変わることの回避ですね。これと金利変動リスクの回避、プロジェクト期間の採算(=プロジェクトコスト)を明確にする意味もあります。

 例えば20年のプロジェクトで、足下の金利が固定なら3%、変動なら1%割れだからといって、6ヶ月の手形を書き換え続けることは絶対にありません。半年ごとに40回の借入交渉をし、その都度駄目かもしれないリスクがあります。
 では20年ローンが出るかどうか。銀行から見て、20年の貸付にみあうのは借入=預金です。10年の預金、5年の金融債といった調達手段しか持ちませんから、そこで書き換えですし、そこでリスクが発生します。

 いわゆる制度金融の最大のメリットはこのリスクに対応していることであり、大きな意味を持っています。

●流動化
 資産の流動化ですが、売掛債権のような短期債券としてのマーケットはそれなりにあります。ただ不動産関係、設備関係の中長期的なファンドについては、先年解禁されたばかりで、まだ未知数です。ただ証券化される材料に共通することは、万一スキームが崩れた時の処分換価が容易ということです。実際、都心や大都市のオフィスビルを対象にするものがほとんどです。

 借主の信用力(おそらく投資不適格)を考えると、この内容で募集は極めて困難でしょうし、沿線への縁故債形式にするにしても、それこそ公費を投じることへの議論の問題になります。

●金利
 債務のボリューム、期間、借主の信用力を考えると、足下の市中金利が安いといっても、相応のプレミアム(スプレッド)を課せられますし、マーケットが消化できるとは限りません。
  ※信用力によっては、いくらスプレッドを払っても引き受け手がいない。
  ※金融機関借入の場合は貸し手の調達力にも左右される。

 確かに公団の未払金金利は高いですが、冷静に3〜4桁億の調達に必要なコストや可能性を考えたら、それでも安いのです。

包括レスに掻い摘んで御返答・・・に返答させていただきます
 投稿者---とも氏(2002/05/19 01:45:04) http://town-m.vop.jp/

 ともです。
 TAKAさん、ありがとうございます。こちらこそたびたびすみません。

 私も実のところ必要性に疑念をもっておりました。といいますのも、成田アクセスに北総の延伸は一見よさそうであるが、なにせ中間需要が少なく、成田市街もとおらないのでそれこそ京成のバイパスにもならず、ましてや業務核都市の支援なぞまちがいなく不可能であって、単純延伸では都市計画的に考えて無駄としか思えなかったからです。
 そこで、過去ログにもありますが、ルート予測やら需要予測やらを簡易にとはいえ自らやりました。その結果からすれば、必要性はあるという結論に至っております。

二一世紀の成田アクセス路線? log117.html#2

 総与党化ではないですが、皆が今の計画をよいと思われているのなら、本当にとんでもないことかもしれません。
 しかし、社会資本というものはベストというものは絶対にありえず、少なからず異論反論が出るものであって、今回の成田新高速に関しては、考えられる中でのベターな案という認識でみなさんが賛成になっていると解せば、なんとなくそうなるのも理解できます。消極的賛成もあれば賛成に近い反対があってもいいわけで、この板のなかでの議論はまさにそういったギャップが議論を呼び、みなさんが書かれていると考えています。

○都市鉄道への補助
 私は、本来はこういった補助は地方レベルで行うべきものと解しています。
 すなわち、地方(今の都道府県では小さすぎるから道州制が本当は良いのですが)が地域の発展に必要であれば補助すべき事項であって、中央政府が行うのは正しくないと考えます。よって、公団方式にしても、あいまいであり、決してベストな制度とは思っていません。
 もし、受益者数を考えるとするならば地方レベルであればその問題はクリアされることですので、中央政府が口や金をだすからこういう問題になるものと考えられます。
 しかし、全面的に市場原理に基づく民間資本整備とすることには反対です。それは、都市開発における重要な部分を民間の市場経済原理に託すことになり、その場合には交通網の都市内格差、都市の乱開発とスプロールの問題を避けて通ることはできなくなり、欧米諸国のような厳格な土地利用規制ができない以上、ある程度の公的コントロール下において整備するものと考えています。すなわち、PFIやBOT、運営権方式、入札方式などの整備・運営手法です。成田新高速は運営権方式に近い整備手法が採用されます。京成は運営権を有するものの、資産は有しない形です。それであれば、新たな鉄道整備手法として十分可能性はあるのではないかと感じます。

○新高速は国益??
 東京の国際競争力低下の原因にはいくつもあるのはまさにそのとおりで、その主因が経済情勢なのかもしれませんが、それ以外にも地価、環境、住環境とともに国際空港アクセスもあり、それを一つ一つ解決していく過程が都市再生であって、その一環として新高速が出ること自体は疑いのないところでしょう。
 よって、公的機関主体の事業スキームが形成されるのに不思議はなく、京成がそれにどの程度関与するかは京成の考え方次第ではないのですか?(京成は企業として新高速に積極的に関与する姿勢を見せている )
 もちろん、それだけで解決する問題と思ってはいません。ただ、解決のメニューの一つと思っています。
 東京の国際的地位向上がなくては、日本の経済回復は難しいでしょう。であれば、その一助になると考えられる都市再生、その一環である新高速も国益に直結し、国の関与も当然と思います。ただ、これはあくまで日本が中央集権制であるからですが(本当なら地方政府がというのは当然ですが) 。

 では、小田急は?となるのですが、小田急の複々線化立案当時には都市鉄道整備に対する整備費用スキームなどなく、鉄道事業者が自ら行う必要があったのです。それは当時はなかったのですから仕方がありません。結局、小田急は連続立体交差事業とセットでの線増を計画し、都市計画事業及び特定都市鉄道整備事業として補助と土地収用権を得ておこなうスキームを東京都や国と構築しました。
 そのスキームを今から変えるのも結構ですが、それが現実にできるかどうかでしょう(すでに決まっているスキームを変えるのは大変ですからね。もちろん小田急なりのやる気次第です )。
 ですから、これを例に持ち出されても、どうしようもなく、小田急がそれなりに動けばよい話であって、国土交通省の整備局なりと話をすればよいのです。
 しかも、鉄道連立及び関連事業に関し、道路開発資金からの低利子融資制度(民間よりも低利子)もできていますし、都市鉄道整備への公的資金投入の幅も広がっています。しかし、これらは事業者たる小田急なりが申請しなくてはならないものであり、ではしているのかといえばしていませんよね。していない以上どうこうは言えないと思います(東北沢〜世田谷代田間では補助率拡大もあるのでは??補助率は一律ではなく、関連する街路事業などとのアロケーション(費用負担)の交渉次第であって、そこは小田急なりの手腕に関わっているのです) 。

 小田急は民間主導で進めているものに公的機関がどう関与するかという議論で、新高速は公的機関がどこまで関わるか、あるいは民間にどこまでまかさえるかという別な視点のものと考えるのが自然だと思います。

○公的機関の関与
 公共交通に関し、大きな問題としてあるのはいかに公的機関が関与するかです。
 日本の場合、独立採算制確保を原則に進めてきましたが、今後の少子高齢化を考えたり、高運賃の問題が生じていることを考えると、独立採算という制度自体が崩壊していると考えられます。
 これは、欧米諸国やアジア諸国ではすでに生じている問題で、それを解決すべく、公共交通の公的機関運営や公的機関整備が進められ、ただ、公的機関では効率性に問題があるので、その発展としてPFIやBOT、運営権や入札方式が採用されています。いわゆる上下分離などもこれに含まれます。
 日本もこの流れは受け入れざるを得ないのが現実であって、先進的といわれるニュージーランドなども、結局純民間では経営は不可能で、公的機関関与が考えられ、また、イギリスでもロンドン市などが運営に参画する仕組みができています。民営化一辺倒ではなく、こういった様々な公的機関と民間分野のミックスが求められていると考えます。

 新高速はであるからこそ上下分離の試金石的なあらたなスキームを提案しており、そのスキームには私も不満はありますが、今の社会情勢の流れの一つの案としてそれなりの評価をしているのです。

 以上が私なりの考えです。
 採算性は私は非常に弱い分野ですので他の方に譲りますが、少なくともいえるのは、新高速の必要性は高く、確かに問題はあるが、進めること自体は悪いとは思えません。
 事業はまだスタートしていません。やっと免許をうける会社が設立された段階です。今、国民側のわれわれがこういった問題提起をすることは重要と思います。
 TAKA様のご意見も非常に重要な意見と思いますし、避けては通れない議論だと思います。
 でも、否定ばかりでは仕方がありません。前向きな議論としてみなさんそれぞれ不満や否定すべき点を持ちながら議論しているのだと思います。
 いつまでも議論が平行線というより堂々巡りになっては落としどころもなにもなくなります。
 ここらで一つ、落としどころを考えませんか?

 長文で失礼しました。
 ではでは。

論点整理の提案
 投稿者---和寒氏(2002/05/19 08:03:54) http://www.geocities.jp/history_of_rail/

 TAKA様、先にはいささか厳しいリプライをしまして、失礼しました。
 私が思いますには、主旨が大きく異なる問題意識が「成田新高速」をめぐって包括的に取り扱われているため、議論が発散していくばかりのように見受けられます。このあたりで論点整理を図っては如何でしょうか。
 私なりに論点を整理してみると、TAKA様の主張には下記の柱があるでしょうか。

【総論】
  1)公共事業の事業採択基準(採算性か費用対便益か)
  2)公共事業における税金配分(成田新高速か他の有益と考えられる事業かor補助金投下の適否)
  3)成田新高速の採算性(単独採算が可能か)
  4)成田新高速の必要性(そもそも論)
【細目】
  a)代替案の追求(成田新高速以外にも問題解決につながる代替案があるか)
  b)財源スキーム構築
  c)経営戦略選択

 これらを全て同一の舞台で取り扱うのは、明らかに無理があります。TAKA様が最も重要だと考える点に絞って、議論を整理整頓しませんか。

 例えば1)の場合、TAKA様の意見は「公共事業といえども投下資金に見合う収益が獲得されるべきだ」と理解できます。私はこの意見には積極的に賛同できませんが、しかしこの点に絞りこんで総論として展開する限りにおいて、議論は成立します。【検証:近未来交通地図】常設板にこそふさわしいテーマでしょう

【検証:近未来交通地図】常設板 http://www2.realint.com/cgi-bin/tbbs.cgi?traffic001

 ところが「公共事業といえども投下資金に見合う収益が獲得されるべきだ」、「だから採算が確保できないであろう成田新高速には反対だ」という論理構成をされると、議論のしようがなくなります。総論で各論をしばるのは、明らかに無理があります。各論は総論の補強材料に用いるのが筋だと考えます。
 「税金を投入しながら赤字を出し続ける○○プロジェクトの例を見なさい」、だから「公共事業といえども投下資金に見合う収益が獲得されるべきだ」と論理構成されるならば理解できますし、議論になりえると考えます。

 以上は一例ですが、なんにせよ議論のフィールドが広汎になりすぎたような気がします。このままでは発散するばかりです。実際各論者の論を見ても、内容・質とも確実に発散し続けている様子が見てとれます。
 TAKA様におかれましては表明したい御意見が多々蔵されていることと拝察しますが、議論の質を維持するためにも、議論したい内容の整理もしくは分離分割を図られますよう、お願いしたいところです。

 以上、この「新高速板」におけるROM専第三者としての提案です

採算性だけでない「マクロ」と「ミクロ」での物の見方の差が有るのでは?
 投稿者---TAKA氏(2002/05/19 18:26:31)

 TAKAです。
 この成田新高速鉄道事業に関する事業の必要性の最終回答です。

※私は国土交通省の試算に反対するだけの具体的根拠の資料・試算を持ち合わせていませんので、残念ながら否定する事は出来ません。
 基本的に便利になり便益が多く生まれる事は否定しません。
 只本当にこの通り行くのかは私個人としては若干の疑問があります。

  1. 本当に一日当たり37,400人もの利用客が有るのだろうか?
    →確かに約15分の時短効果はあるが、都市アクセスが不便で場所(東京のかなりの中心部)へはNEXの方が優位であるのは今までの議論でも出てきています。
     と言って京成線のアクセス改善に東京駅接着線を作れば(費用1,700億円)此処で又多額の費用が掛かり下手をしたら費用便益比が逆転しかねません。
     その中で何処まで利用者が伸びるかが・・今のままではシェア50%取らないと・・
  2. 報告書では「土地利用改善効果」を見込んでいるがこれは?
    →基本的に今の成田新高速鉄道事業ではコスト削減の為に、成田NT北にしか中間駅を作らない事になっていますが、これでは見込むほどの「土地利用改善効果」いわゆる開発利益を得られるか疑問です?
     それなら印旛沼周辺地域で1〜2の中間駅を作り其処を新規開発しないと得られないのではないでしょうか?(それの方が開発利益取込のスキームは作りやすい)

 しかしこれらの疑問に反対できるだけの数字的根拠を持ち合わせていませんので、国が作った試算に疑問を持たずに鵜呑みにする事は感心できませんが、反論できない現状なので国が恣意的に試算を行っていない事を信じて、上記の様な疑問を持ちつつこの試算を前提にしましょう。

 ではこの試算では、差引1,259億円の便益を生み出す事になりますが、その便益は何処に行くのでしょうか?
 成田新高速鉄道事業の補助金投入額は便益の三分の一強の460億円です。
 今までずっと強調してきた「受益者負担」の観点から、この便益の補助金相当部分を建設費用へ回収できる様なスキームを作る発想は生まれないのでしょうか?
 例えばこの議論のはじめの方で矢切さんが言われている、空港利用料の値上げでも良いですし、加算運賃の徴収上乗せ(前に加算運賃その物については「京成グループの採算性」について、具体的上乗せライナー料金の金額と計算をしています)も一策です。

 基本的に投資額以上の便益が生まれるのなら、それを還元する事で事業収支を補助金に頼らない様改善させるべきです。
 受益利益の回収期間の間分だけ融資の保証をするというのなら納得しますが・・・
 ご存じの通り先週日本の国債は先進国中最低の格付けになりました。後一つ格付けが下がると並ぶ国はチリやボリビアと同格になります。これは日本の財政は国債(=借金)を償還する能力に疑問がありその疑問が大きくなっている、と言う事です。即ち今すぐにでも財政再建をして財政の健全化を図り借金を減らしなさいと言う事です。その様な状況の中で230億円の国税を投入しているのに受益者の便益を回収しないのは不平等です。全部回収するのではないですから受益者負担は投資分回収してその分の税金を節約すべきです。

 確かに貨幣タームは「One Of Them」でありそれが「All Of Them」ではありません。
 当然貨幣タームで図れない公共事業は特にシビルミニマム以下において多く存在します。
 只貨幣で実在する物でもなくても価値が存在する物に対しては貨幣で回収し、税金に頼らない事業にすべきです。
 民間では採算性から投資しない事業でも、官が介入して税金を投入しなくても受益者負担を回収して事業費に充てるスキームを作りその運営を助けるのも「公共事業」です。

 そう言う意味では、上手くやれば成田新高速鉄道事業は「公共事業」の概念を変えるターニングポイントになります。
 既得権益と抵抗勢力の無い分成田新高速鉄道は新しいスキームの構築と実施の実験に相応しいです。
 成田新高速鉄道事業はインフラは公共性の高い受益者負担で作り、運営は民間活力(京成の第二種免許)に任せる使用料より投資を回収する上下分離のスキームを実施させるのに絶好の機会です。

 結論として言えば、私は需要があり便益が生まれるので有れば成田新高速鉄道事業は無駄でないと考えます。
 その現状として需要と便益があるのなら事業を進めればいいでしょう。
 確かに国土交通省のあの資料を見れば「ミクロ的」には推進すべき事業でしょう。その点に関しては否定しません。
 しかし国全体の現状の中でどうすべきか?と言う「マクロ的」視点を含めて成田新高速鉄道事業を考えれば

  • 非常に厳しい財政状況の中で受益者の便益の中から受益者負担を取ってもそれ以上の便益をもたらすのに何故税金を投入しなければならないのか?
  • 受益者負担≦便益の事業に国が金を出すべきなのか?
  • 現在の財政状況では採算性が低い事業に着手して採算性を補助金でカバーするだけの余裕が財政にあるのか?

と言う点になります。
 基本的に私の私見で色分けすれば、皆さんの見方は「ミクロ的」であると考えます。
 事業自体は皆さんの仰有っているとおりかもしれません。ミクロ的には便益があるからどんどん進めるべき事業ですから。
 しかし私の見方の基本は「マクロ的」でしかも「古典派経済学的(市場調節優先)」な見方で考えれば、

  • シビルミニマム以上の公共事業へ補助は好ましくない
  • ましてや便益≧投資の事業で便益を回収せず補助金を出すのは問題有り
  • 日本の財政状況から補助金は減らして財政再建・財政均衡を

と言うことになります。

 前々の書き込みでも成田新高速鉄道事業に関して、現状認識でも「条件付き賛成」に近い立場であり、貴方の言われる様な、「現状も理解せず、資料も見ないで只闇雲に反対を唱えている」と考えてはいませんし、試算や現況に関しては認識しているつもりです。只自分での自己評価ですから、優秀で資料に精通している皆さんの私の過去の意見の評価と「貴方は資料や現況を理解していないのでは?」と言われる馬鹿な自分の自己評価とは違いますが・・・
 しかし何処まで現況で歩み寄っても、この「ミクロ」「マクロ」即ち補助金投入すべきか、の議論は平行線だと思います。
 正直言って、成田新高速鉄道事業に直接便益を受けない人があの試算を見た上で、「この事業には国税が230億円投入されます」と言われた時に「総便益と総費用の差額は何処に行くの?」「費用以上の便益があるのに難で関係ない私たちの税金が投入されて便益を得る利用者は一部しか負担しないの?もっと便益受けているのだからもっと負担して税金投入辞めて欲しい」という意見が出てきてもおかしくないでしょうか?
 正直言って私の意見は此処で議論している数人の特定の方々の見方と根本の点で異なっていますからこれ以上議論しても、この問題は平行線でしょう?
 只この様な考えも存在する事も忘れないで、納得させられる回答を用意して置いた方が宜しいと思いますよ?

社会的便益評価序説
 投稿者---和寒氏(2002/05/20 06:49:34) http://www.geocities.jp/history_of_rail/

 TAKA様、論点整理ありがとうございます。

 私は「検証:近未来交通地図」道路板において、「公共事業はほんらい『財を再生産する』対象に投資すべき」と論じたことがあり、TAKA様と似通った認識を持っていることは確かです。
 それでも、「価値が存在する物に対しては貨幣で回収し税金に頼らない事業にすべき」とされると、直感的な引っかかりを感じます。あくまでも直感ですが。
 で、自分の考えを整理しつつ、社会的便益評価の理論をも吟味しつつ、なんらかリプライをと思いますが、これはかなり重たい内容になりそうなので、いささか時間の猶予を頂きたく(この理論が曲者でして、便益計算の式そのものは単純なのですが、その式が導き出された途中経過をわかりやすく説明することは至難であり、まして証明となるとほとんど不可能に近いのです)。

【検証:近未来交通地図】道路板 http://www2.realint.com/cgi-bin/tbbs.cgi?traffic004

 あるいは最後まで「平行線」かもしれませんが、だからこそ意味のある議論になるかもしれない、という予感はあります。

 ただし、「すべき」か否かにかかわらず、それを新高速の是非に結びつけることは控えておきます。以前も記したとおり、総論にて各論をしばることは適切でないと考えるからで、そもそも「すべき」か否かはまだ公理として確立されていないからです。
 以上の次第で、私が今後書きこむであろう記事は、「すべき」か否かを総論として検証する内容に限定させて頂き、新高速の是非についてはRom専に徹することにします。あしからず御承知おきください。

経済学的には「2つの回答」はどちらも正しい?
 
投稿者---TAKA氏(2002/05/20 19:57:34)

 私は「公共事業はほんらい『財を再生産する』対象に投資すべき」と論じたことがあり、TAKA様と似通った認識を持っていることは確かです。
 それでも、「価値が存在する物に対しては貨幣で回収し税金に頼らない事業にすべき」とされると、直感的な引っかかりを感じます。
 あくまでも直感ですが。

 多分これは上記を単純に受け止めれば違和感を感じるでしょう。
 只私はこれに「シビルミニマム以上の公共事業」という前提条件が付きます。
 例えば「過疎地の地域医療」や「多額の治療費のかかる難病」等に税金に頼らない医療費を貨幣で回収するとなったらそれは問題大ありになります。

 私は其処までは言っていません。あくまでも「シビルミニマム以上」の公共事業では、投資は回収すべきで官はその補助に徹するべきと言う考えです。
 ここら辺が違和感の元であると思います。

 正直言って、「社会的便益評価」とか「何処までがシビルミニマムか?」と言う問題はそれこそ経済学の数式を使う経済学の部分の話しです。
 私も学生を離れて随分立つので、経済学に関しても総論的な話しは出来ますが各論的な数式計算まではちょっと・・・と言う状態です。
 それが私の話に具体的根拠を乏しくさせているのは事実ですが(すいません)私も皆さんに納得させるだけの物を現在残念ながら示せません。

 あるいは最後まで「平行線」かもしれませんが、だからこそ意味のある議論になるかもしれない、という予感はあります。

 絶対に最後まで平行線でしょう。これは否定する事では有りません。
 経済学の中で有名な話しがあります。
 昔イギリスでウィストン・チャーチルが蔵相をしていたときに「10人の経済学者に経済政策を諮問したら11の答えが返ってきた。10人の内1人だけ2つの答をした人間がいる。その人物がジョン・メイナード・ケインズだった。」と言った事があります。そのコメントに対しケインズは「経済とは生き物であり、当然変動の余地もあるし、色々な考え方もある。だから各人から色々な答が出てきても当然であるし、1人の人間から複数の答が出てきて当然である」と言っています。
 今回の話も似た様な状況です。私は当然自分の主張も正しいと思っていますが、同時に皆さんの推進の考え方も正しいと思っています(正直言って学生時代は、ばりばりのケインズ派でしたから、「少しでも便益が有れば、穴掘り(便益ゼロ)より有効だから、有効需要の創出の側面から少しでも便益のある公共事業は推進すべき」と主張していましたから)。

 只時代と状況と環境で最適であろう経済政策は逐一変化します。
 ですから絶対に何が正しいと言う物は存在しないと思います。但し平行線の向こうに別の考えがあり、その考えも参考にして考える習慣は持つべきです。
 逆に平行線でも対案がある事は、対案を認識し理解を示している限り望ましい事であると思います。
 ですから此処まで来たら平行な2つの考えがあるで、一応の手締めで良いのでは無いですか?又別の方向へ議論を進めるべきでしょう。

 ただし、「すべき」か否かにかかわらず、それを新高速の是非に結びつけることは控えておきます。以前も記したとおり、総論にて各論をしばることは適切でないと考えるからで、そもそも「すべき」か否かはまだ公理として確立されていないからです。

 当然総論の決着が付かない現状で、その総論に縛られていたら何も進みません。
 この総論の2つの議論は現在経済学の命題的存在ですし、日本では政治的にも結論が付いていません(当分付かないでしょう・・)。
 ですが総論の方向を全て無視するのは、これ又問題です。それは避けなければなりません。
 ですから私は取りあえず調査等の準備を進めその上でその間にこの事業をどの様に進めるか考えるべきと考えます。その点では総論に一定条件で縛られるべきと思います。只闇雲に推進は反対です。 

利用者便益分析解説
 投稿者---551planning(2002/06/01 12:33:20)

 「総論」をどのように捉えるかについての基本的な認識の違いがあるかもしれませんが、「社会的便益評価」についての詳細な分析を和寒様が試みられていらっしゃいます。ぜひともTAKA様にも御意見を賜れればと思います…なんせ「闇雲推進派」と見られているココの管理人にはチンプンカンプンなところもありまして、是非御解説を賜りたく。

利用者便益分析の解説を試みる ../traffic/special007.html

利用者便益分析解説
 投稿者---TAKA氏(2002/05/20 19:57:34)

(1)「総論」の考え方の差
 私も皆さんとの間で「総論」に関して基本的認識の差が有るとは考えています。
 皆さんは「もうプロジェクトは政府で決定され実施主体の第三セクターも出来てスキームも決まったのだから、今頃大元に戻ってプロジェクト自体について議論をするには時機を失している」という考えみたいですし(間違えていたら御免なさい・・)
 私は「プロジェクトの根本に間違えがある。今の時代に政府が介入して受益者負担で実施可能なプロジェクトに補助を出すのは間違っている。それにプロジェクト自体に有用性があるか?」と考えているから、プロジェクトの中身を議論する前に総論を議論して総論に有る程度の結論が出来てからその総論の前提の中で各論を話すべき」と考えているから「差」が存在しているのではないでしょうか?
 只これは今の段階では私はもう総論に拘っていませんし、この話はもう良いのでは無いでしょうか?もう総論に関しては議論が出尽くしていると考えます。

(2)私の「利用者便益分析解説」への返答
 私も本日別掲示板に和寒氏の「利用者便益分析解説」についての一連の書き込みが有るのに気付きまして御返答をさせて頂きました。
 もし気になられていらっしゃるのでしたら御一読頂ければ幸いです。

「利用者便益分析の解説」を読ませて頂いて ../traffic/special007.html#21

 なんせ「闇雲推進派」と見られているココの管理人

 私は皆さんを「闇雲推進派」と見ているのでしょうか?少なくとも「闇雲推進派」とは考えていません。もし私が皆さんを「闇雲推進派」と断罪していろと皆さんに思われているのでしたら、それは私の不徳の致す限りですので、謝罪申し上げます。
 少なくとも「「利用者便益分析解説」への返答」で書いている、「官と民の関係」で私は今でこそ「民」主導で行くべきと主張していますが、5年前私は「がちがちのケインズ経済学支持者」で「公共事業で財を再生産する物には再生産の効率性を重視せずとも有効需要の拡大の為に投資する事も必要」と皆さんの「費用対効果を考えつつ公共事業で行う民がすべき事業があっても社会全体の効用が増えれば可」と言う考えより過激な考えの持ち主でしたから、皆さんの考え方にも正直言って理解は出来ます。
 只私は「経済は水物で状況で変わるのだから、支持する経済学の考えも自分の置かれた状況と経済の状況で変わるべきだ」と考えていますから、現在では中間を飛び越え180度逆の発言をしていますが、正直言って正解は皆さんの考えと私の今の考えの中間ぐらいに有るのかもしれません。
 少なくとも皆さんを完全否定する気もありませんし、「闇雲推進派」と断罪する気もありません。それは此処で明言しておきたいと考えます。

2005.07.20 Update

backindexnext
Copyright © 1998-2006 Unlimited Liability Company 551planning. All rights reserved.

Powered by ロリポップ!アフィリエイトはエーハチネット