<LRT導入にあたって>
浜松市はコンパクトな都心部と幹線道路及び鉄道沿いが自然形成的な都市軸となり、それに沿う形で展開する生活拠点(地区コア)と道路沿道型の市街地が発展し、道路間にミニ開発等の市街化圧力が広がる扇状の面的市街地が形成されている。
一方、中心市街地においては浜松市による「トラフィックセル理念」導入による通過交通のセル(街区)内進入の抑制、循環バスによる都心部アクセスの向上などが図られているが、昨今の不況下における商業活動の停滞、郊外型店舗の増加による商業集積の衰退による都心部の衰退なども顕著に表れており、中心市街地の活性化が大きな課題となっている。
浜松の都心部は我が国の中心市街地としては希である「中央(浜松)駅」が古来からの都市核となっており、いわゆる「都心」ー「交通結節点」間移動ニーズは強くはなく、むしろ「歩いて回れる」規模の都心を形成しており、駅東側の再開発の進展による住民の都心回帰なども見られ、活性化に関しては施策次第で回遊性増大を含め十分期待できるものである。
その中で、市役所と合同庁舎の行政施設の「2つの核」形成や魅力ある施設間の移動など「歩いて回れる」ながらも都心内の水平エレベーターニーズはビジネス・プライベートユース双方ともにあるものと考えられ、歩行空間整備とともに路面公共交通の拡充も中心市街地活性化の一助になるものと期待できる。
このような都市形成過程により、古来からの結びつきが強い都市軸である東海道軸、浜北・天竜方面との軸には鉄道とバス路線が、その他の軸にも我が国の中でも高度なバス路線網が形成されている。
しかし、このような都市形態は都市成長過程においては効率的な交通などのメリットも多いものであったが、都市の発展による面的な市街地進展により、従前からの市街地から単に放射状に伸びるだけの鉄道、バス路線網では公共交通プアが生じている。また、軸上道路以外に導線となる道路が見いだせない、いわゆる「樹枝上」の道路網を形成してしまっているため、国道257号や152号、県道62号など特定路線を中心に過度の交通負荷がかかることでの渋滞の悪化が見られる。さらには、面的開発を路線バス網でカバーすることで、バス路線の「幹」部分への集中が生じ、非効率な運行形態とならざるを得ない状況となっている。
特に、郊外部においては工場群の郊外展開により、これまでは市街地方向に集中していた通勤流動が郊外へも生じたため、郊外to郊外のいわゆる「環状方向」及び低密度導線の増加による非公共交通導線軸が形成されている。
既存バス事業者である遠州鉄道バスによる様々なスタイルによるバスサービスの提供によりこれらの公共交通プアに関してはカバーはされているものの、昨今の浜松都市圏における社会増が基本の人口動態などを勘案すると、これまでのようにバスによる輸送に一部限界が見られるのは確かである。
そこで、今後の都市化のさらなる進展、将来的な政令指定都市化にともなう地区コアの地域拠点への昇華による流動量の増大などが期待できること、また過度の自動車依存による公共交通プアの進展、都心部における水平エレベーター的な移動ニーズの存在を勘案すると、速達性や定時性といったサービスレベルの維持と自動車依存からの転換を見据えた新たなる路面公共交通、特に軌道系を柱とする定時性の高く、輸送力が一定規模を確保できるシステム導入が必要と考えられる。
そこで、様々な路面公共交通網の中から、浜松都市圏の都市規模に適正と考えられる都市交通システムとして「中量軌道系輸送システム」の導入提案を行うものとした。
<LRTの選定理由>
浜松都市圏においてはすでに平成5年度から国土交通省の政策である「オムニバスタウン」に指定され、遠州鉄道バスによる高度な路線バス網の構築が実施され、乗客減少傾向の抑制など一定の効果をあげている。
とはいえ、前述の通り、浜松都市圏においては幹となる道路網の脆弱性も手伝って慢性的な交通混雑が見られ、それによるバスの利便性低下が生じている実情がある。また、都心部−郊外拠点間では速達ニーズも高まっており、可能な限りクローズの専用走行空間を有するシステムとする必要がある。
クローズ形態の中量軌道系輸送システムとしては全自動型新交通システム(AGT)やモノレール、LRT、BRT(高度基幹バス)、ガイドウェイバスなどのシステムが存在し、様々な適正条件のもとで導入されている。
浜松市においては既に高度なバス網が導入されており、また都心内に新幹線・東海道線、遠州鉄道の高架軌道が存在すること、浜松城の城下町として美しい景観を有していること、都心の規模が小さく、かつ広域流動に関してはある程度の迂回措置が可能であること、また、浜松市は財政的にも楽観視できるものではなく、費用対効果は当然高くなくてはならないことから、低コストで最大限の効果が得られるシステムとして、高架専用軌道のシステムではない路面公共交通システムが適切と考えられる。中でも、既存の遠州鉄道、郊外の天竜浜名湖鉄道などの既存鉄道網との融合、限られた空間内での導入が可能なシステム、さらにセミクローズなど多様な形態をカバーできるシステムとして、路面電車を基本とした高度中量輸送システムである「LRT」をその基本システムとして導入するものとした。
<実効性のある交通体系とするために>
LRTはただ単に導入すれば利用するものではない。よって、如何にしてLRTを利用して市民が街に出歩いて貰えるかが鍵となる。
また、既存の交通サービスとの連携は不可避であり、単に郊外鉄道に直通するというだけではなく、バスサービスやJR東海道線、遠州鉄道とのシームレスサービスの提供が必要となる。
以下に実効性のある都市交通体系を考えて見たい。
- 中心市街地におけるLRTのかかわり
1) 現状の課題
中心市街地の商業店舗に関してはイトーヨーカドー、遠鉄百貨店、メイワンなど駅周辺部の集客力は浜松市内を中心に高く、それなりの賑わいは今のところ保たれている。
しかし、老舗である松菱の閉店、西武の撤退など大規模店舗の閉店が相次いでいる他、自動車や鉄道の60分圏には静岡、豊橋、蒲郡、岡崎があり在来線であっても90分で名古屋まで行けるという交通至便さが仇となり、高額買い回り品や女性ファッション用品の展開に難があるなど厳しい状況には変わりがない。
砂山銀座や有楽街、モール街など商店街については他の地方都市同様の空洞化が生じているが、流動そのものは見受けられ、また千歳町のような歓楽街も成立していることからもテコ入れによる回復の期待は持てるものと考えられる。
しかし、回遊性で考えると、鍛治町通りが通過交通路となっているため障壁となり回遊の分断を招いている。
さらに現状において浜松駅が唯一の交通拠点となっていることから商業回遊行動が画一的なループ形態になりがちであり、相互流動を演出できるような誘導も求められる。
ただし、浜松市は商圏が狭く、さらには中高齢層の来街が中心となっている現実もあることから、南米からの移民が多いことによる独自の商文化形成、「音楽の町 浜松」の楽器やバイクなど世界的に著名な産業文化、都心部への誘致を目指すものとして市長期構想にもうたわれている「情報・デザインなどの都市型産業」を活かした商業・産業の活性化を15年度に実施された「まちなかメイクアップミーティング」や平成16年度までに浜松市が設置を目指している「まちなかまちづくり機関(DIO)」など市民参画によるさまざまなまちづくり活動を通じ、企業体や商工会議所などとの連携を図り、その中において「中心市街地の活性化」における「輸送機関」としてのLRTの役割を見出していく必要がある。
2) 都市交通の中心市街地対策
浜松市においては長期計画、都市計画マスタープラン(以下「都計MP」)において「ゾーンシステム」「トランジットモール」の導入を明示しており、国道257号〜ゆりの木通り〜有玉南中田島線〜飯田鴨江線を外周道路としたゾーンシステム、鍛治町通り、田町中央通をトランジットモール化するものとされている。今回のLRT構想にあたっては、この市の基本構想を受け、外周道路は「都心アクセス交通」の受け皿とし、LRTに関してはこのゾーン外縁に停留所を設置する。このゾーン内については自動車の侵入を極力抑制する「ゾーンシステム」よりも踏み込んだ「歩行者専用街区」とし、LRT、バス及び関係車両以外の進入を認めないゾーンとすることを提案する。
ただし、アクセス性低下にもつながるものであるため、田町中央通に一般車周回所、浜松駅南口広場に乗降場を設置するとともに、外周道路の一部一方通行化による道路幅員創出とそれによる路上短時間駐車帯を導入し、一定量の自動車アクセスを担保する。この外周道路は市街地アクセスの最終フリンジとする。
また、その一回り外(一部重複)となる市街地環状道路の内側に関しては商業地域であるとともに都心業務機能地であり、またイーストタウン地区も含まれること、さらには良好な住環境をもった「都心居住地区」でもあることから自動車アクセスを一定量容認する「歩行者優先街区」とすることを提案する。このエリアにおいては都計MPにおいて「新機能導入地区」「複合住宅地区」とされており、また、比較的道路網も充実していることから自動車交通流入を認める代わりに通過交通流入が困難となる「トラフィックセル」を導入するなどゾーン内への無用な流入を避けることを目指していく。LRTはこのゾーン内のエリアにおいて「水平エレベーター」として機能すべく、停留所間隔の短縮などの策により利便性を担保するとともに自動車アクセスの受け皿として外縁部に設置する駐車場からの交通を受け持つ機能を担保させる。
また、東海道線や新幹線などによる広域流動トリップのアクセス・イグレス交通機能を確保する路線・ルート選定を行う必要がある。
3) 自動車抑制策
前述のとおり、自動車抑制策を導入していくが、諸外国で見られるような実効性のある規制にあたってはわが国の都市構造では難点が多く、また二輪交通の取り扱いも含め慎重な検討を要する。
諸外国においては城壁部をフリンジとしている例が多いが、一般的に城壁部は都市環状道路沿道となり新興開発地域であるため用地の確保が容易であることから選択されている例が多く、市街地が無秩序に拡大しているわが国では適用は簡単ではない。浜松市の場合、中心市街地が商業地域と業務地域で分断されている上に集積も高いことから、フランス・ストラスブールやドイツ・フライブルグで導入されている「コンパクト都心フリンジ」ではなく、オーストラリア・メルボルンやパース、アメリカ・ポートランドで導入されている「段階フリンジ」による抑制策が現実的であると考えられる。
とはいえ、浜松市においては都市としてある程度の成熟を見ている都市であることから、抑制策にあたってはドラスティックなものを実行していくことが必要であろう。成熟している都市においては一般的に交通流動の経年変化は開発途上の年に比べ目立たないことから、既存交通行動パターンをベースに考えて差しさわりがないと考えられる。
その上で、自動車抑制策においてはフリンジ部における駐車場を活用したパークアンドライドを実施するが、駐車場は可能な限り各方向に設置するのが望ましい。
そのためには公共用地の活用、市役所などの活用を検討する必要がある。
あわせて後述のように都心以外のエリア、つまり浜松環状などの複数フリンジを活用しながら、ヨーロッパ型の流入抑制をベースにする交通規制導入を提案する。
- 各路線方向の基本的な考え方
浜松市の都計MPで示されている既存都市軸である以下の導線を基本導線軸として設定した。
・東海道本線に沿って東側に伸び磐田方面に向かう「磐田軸」
・同じく東海道本線に沿って西側に伸び舞阪・雄踏方面に向かう「志都呂軸」
・遠州鉄道に沿って北側に伸び浜北方面に向かう「浜北軸」
これらの基本3軸には地域交流拠点、地区生活拠点が設定されている。
地区生活拠点は内環状線や浜松環状線との交差地区を指定している。
(磐田軸)
地域交流拠点:磐田駅周辺地区
地区生活拠点:天竜川駅周辺地区
(志都呂軸)
地域交流拠点:志都呂地区
地区生活拠点:舞阪駅・高塚駅周辺地区
(浜北地区)
地域交流拠点:浜北駅周辺地区
地区生活拠点:上島駅・西ヶ崎駅周辺地区
これらの都市軸においてはすでに大量輸送機関である既存鉄道が敷設されているが、一方でその中間には佐鳴台地区、中田島地区という既成住宅都市型市街地、工業地区として既成市街地内の住工混在解消と研究業務機能の集積を目的にして整備された都田地区、浜松IC周辺地区、浜松西IC周辺地区、住宅・工業・産業地区としての三方原地区、があり、これらと浜松都心部及び地区拠点間の間の軸が明確となっていない。
そこで、これらに向けた都市軸として「補完都市軸」を提案する。
LRT網はこれら都市軸と補完都市軸に対するサービスを基本に、浜松駅から放射状に広がる路線を整備することを将来的な目標としたが、当面、次の2路線について、中心部交通からの発展したものとして考えていく。
・三方原・浜松西IC方向補完軸へのアクセス路線
・佐鳴台補完軸へのアクセス路線
このほか、既存のJR東海道線について、新駅設置による都市鉄道機能の向上を図る。
バスシステムやLRTの拠点機能を郊外店舗やSCに設けることも考えられる。ロックタウンのような集積地区についてはターミナル機能を付随させることも可能であり、一体的整備による拠点性向上も期待できる。カナダ・エドモントンでは郊外展開をしているSCやモールに積極的に公共交通を乗り入れさせ、拠点性を持たせている。また、ゆいレールの小禄駅においてもSCとの相乗効果による利用者増といった成功を収めている。郊外店舗を毛嫌いせず、それによってむしろ新たな流動が期待できることを考えても良い。
(詳細な路線提案はここでは行わない)
- 公共交通網のサービス改善策の提案
1) 運賃制度
浜松市においてはオムニバスタウンの一環としてICカード導入が検討されているが、一歩踏み込んだ提案として「共通乗車システム」の導入を提案する。
基本的には浜松都市圏を都市軸による数ゾーンに分割し、鉄道、バス、LRTについてゾーン内で共通運賃の「ゾーン運賃制度」導入を目指す。その際、乗継制度の拡充などにより公共交通機関の利便性向上を目指す。
LRTに関しては、ゾーン運賃制度導入によるチケットキャンセラー方式導入を検討していきたい。
都心部においては無料化などの検討も考えられる。
2) バス路線網
現在、オムニバスタウン政策の一環として低床バスの導入が進められているが、郊外部までこの車両が入ることによる効率性が問題となる。また路線が遠距離となり回転率の悪さや渋滞回復の難しさなどの問題も必然的に表れかねない。
そこで、すでに盛岡市などで導入がされているが評判が芳しくないシステムではあるが、「ゾーンバス」を導入することを提案する。ただし、盛岡とは異なり、ゾーンバスの基幹区間においてはLRTや将来LRTに昇華することを前提としたBRTシステム(専用空間を走行するバスシステム)による高いサービスを実施することで、従前に比べての大きなサービス向上を目指す。その際の拠点には前述の地区拠点などを設定し、鉄道のアクセス・イグレスの高度化も目指す。
都心部については現在小型バスの運転が行われているが、小型ノンステップバスによるセントラルエリアトランジット(CAT)システムを導入し、LRTや既存鉄道線を補完するシステムを検討する。これらのCATシステムについては無料によるアクセス交通とすることも検討する点といえる。
3) 駐車場など
自動車からの転換を一定量目指すものを考え、P&R駐車場について積極的に整備を進める必要がある。これらの駐車場については公共交通施設の一部として整備を進め、諸外国で見られるように公共交通運賃を内包する、もしくは安価な料金を導入するものとする。
駐車場料金はフリンジ段階で変動し、都心に近づくにつれて高くなる手法を導入する。
相対的に外縁部において公共交通を利用するほうが安価となる料金設定を検討する。
これらの駐車場料金をCATシステムの原資としていくことを提案する。
4) 既存鉄道サービス
4-1)JR東海道線
現在のJR東海道線は都市内鉄道として高いサービスを提供しているが、一部時間帯において混雑が見られるなど課題も多い。
しかし、快速運転などが望まれている状況とは考えにくく、都市近郊輸送の拡充が不可避となる。
また、駅間距離が比較的長いことから新駅設置の必要性が考えられる。
LRTとの連携に関してはソフト面での融合が必要であると考えられる。
4-2)遠州鉄道
地方都市としては異例の高いサービスを提供しているが、朝夕の輸送力に若干の不安がある。
快適な輸送を実現するための強化は不可避と考えられるが、まずは拠点間輸送に対応できるものとする必要があると思われる。
LRTとの連携に関しては、スペック的にLRTとの差が小さいことから将来的な路線融合を考える必要性もあろう。
- 道路交通対策
一般的にLRTの導入は道路空間の削減となるため道路交通への多大な影響が出る。
しかし、LRTの導入では単純に車からの転換は生じず、結果不便さを生むこともあり、決して楽観的な見方はしてはならない。
浜松市においては通過交通処理として浜松環状線があり、このほか将来的な第二東名の整備、東名と第二東名を結ぶ連絡路・三遠南信自動車道の整備により、広域通過流動の削減は見込まれるが、域内流動の減少は起こりえず、一般道路である浜松環状線だけでは不安である。LRT整備にあたっては既存道路の拡幅も必須となろう。
また、内環状線の内側においては段階的通過交通抑制策を講ずる。
道路渋滞に関しては、浜松市内において特に国道1号、257号などで顕著に見られ、この解決に際してはLRTなどの公共交通策で救えるとは考えにくい。抑制策による効果はそれなりに期待できるが、それだけでは当然不足である。
そこで、浜松環状線の整備、内環状線の整備、浜松環状線の主要交差点立体化は必須であろう。
さらに、都心部の渋滞対策としては前述の「一方通行化」によるロータリー化(反時計回りによる無信号ロータリーが望ましい)による「受け口」の拡大を考えていく必要がある。
道路交通対策についてはシュミレーションなどによる詳細な検討をLRTルート検討段階で実施する必要がある。