【検証:】常設板過去ログ集

【検証:近未来交通地図】
(過去ログNo.072)
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私見を少々。
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/06/29 16:32:28)

私見を少々。
└増補
 └ところで栗栖様の処方箋は?
  └ご返信
   └ご返信増補
   └東京都のディーゼル規制に関する件
   └ロスLRT
    └ご返信

 そもそも人類登場以来、交通政策にあっては、運輸施設(ハード)は公的に管理がなされ、輸送具(ソフト)は私有されるというのが大原則である。
 たとえば街道は朝廷や幕府が維持し、馬や牛車、籠、輿は個人で所有された。近代でも道路は国や自治体が管理し、交通整理は警察が担当する。自転車やマイカー、バス、トラックは私有される。
 水運においても、港湾は公有だし、灯台やブイなどの航路標識は海上保安庁が管理する。海運会社は船舶のみを保有すればよい。
 航空でも、空港は公有、管制も航空管制官によりなされ、航空会社は飛行機のみを所有する。

 ところがどういうわけか、鉄道にだけはこの大原則がまったく適用されなかったのである。鉄道会社は車両という輸送具のみならず、線路も橋梁もトンネルも操車場も駅舎もホームも信号も標識も運行管制も何から何まですべて自前で維持しなければならない(ただし路面電車の信号は警察がやってくれるが)。鉄道発祥の地はイギリスだが、どうしてこんなことになってしまったのだろう。調べてもよくわからない。これは交通発達史上最大の謎ではないか。考えようによっては「鉄道」(railway)も「道」(way)の一種であり、車道や歩道と同じく公有されてもおかしくない。鉄道のインフラで国や自治体がやってくれることといえば、せいぜい駅前広場と駐輪場くらいのものである。
 それではそのように不利な鉄道がどうしてここまで発達しえたかといえば、ひとえにその大量輸送能力による。鉄道会社はソフトのみならずハードをもすべて自前で管理しなければならない反面、ほかと比ぶべくもない大量の輸送をすることにより、もとがとれてお釣りがくるのである。鉄道とは何ともささやかな商売だ。
 なお、スウェーデンでは鉄道のハードとソフトの分離がなされており、鉄道施設は国が直轄している。スウェーデン国鉄は車両しか保有していない。

***
 地方公営交通はたいていどこも赤字であり、これを非難する意見は多い。
 しかしながら、たとえば公立高校はどうだろう。公立高校の授業料収入は微々たるものであり、大半は税金で賄われている。それなのに「公立高校は赤字だ」「公立高校の教職員はコスト意識がない」「公立高校など民営化してしまえ」などと主張する者はいない。
 結局これは法律上独立採算制をとっているかどうかの違いであり、収入不足を税金で補填すること自体には変わりがないのだ。バカバカしいといえばバカバカしいが、民営はともかく公営交通に独立採算制をとることを見直す意見はあってもいいのではないか。もっとも旧国鉄のように余剰人員を何万人も抱えるのも問題であり、私自身結論を見出せずにいる。
 ただ、竹村健一氏が「国鉄の民営化に反対するのは社会主義者だ」という指摘は的外れだろう。そんなことをいったら、今も国鉄を有しているフランスもスイスもノルウェーもオーストリアもスウェーデンもイタリアもデンマークもオランダもすべて社会主義国ということになってしまおうに。

***
 私はマイカーを持たないのでよくわからないのだが、一般にマイカー利用の場合、交通経費としてガソリン代と有料道路の通行料のみが計上される。むろんトータルでみればマイカーそのものの購入および維持、保険料、税金、車検代、洗車代などにかなりの費用を要しているはずだが、いったんマイカーを持ってしまうとこれらの経費はまったく計上されなくなるのである。
 これがため、マイカー族はかなりの長距離であっても、新幹線代や飛行機代をケチり、マイカーをえんえんと走らせる傾向が非常に強い。これを故・湯川利和氏は「吝嗇的多面利用」と名づけ、マイカーをミミッチく限度いっぱいに使い込もうとするマイカー族の心理をうまく表現しておられる。連中にとってみれば、わずか数百円の鉄道運賃をも異様に高く感ぜられるのであり、まして新幹線などバカバカしくて乗る気にならないのである。
 先日私はかつての戦友3人で新幹線で姫路城を見に行ったのだが、これを甥に話したところ「いくらかかった?」と訊くので「4万円くらい」と答えると、待ってましたとばかりに「クルマで行けば1万円くらいですむのに」と、まるで鬼の首を取ったように突っ込んできた。新幹線代と高速代だけを比較し、マイカーのほうが安いというのだ。ちなみにその 甥は200万を優に超えるバカ高いRVに乗っている。
 また私の息子もマイカーを保有しているが、通勤にも買い物にも使わず、ごくたまにちょろっとドライブするだけでほとんど車庫の肥やし状態だが、それでも「電車で行くと高くつく」と、やはり鉄道利用を嫌うのである。そんなに交通費を節約したいのならタクシーかレンタカーにすりゃいいのに、とマイカーを持たない者からすれば首をかしげる以上にほとんど滑稽にしか思えないのだが、これこそがマイカー族の深層心理なのだろう。

 さて、国会や政府、国土交通省、環境省、自治体のお偉方は、かかるマイカー族の「吝嗇的多面利用」につき、いったいどこまで認識しているのだろう。整備新幹線を沿線住民が簡単に乗ってくれると本気で思っているのだろうか。どうせ多くのマイカー族は新幹線代と高速代だけを比べ、ミミッチくマイカーを使い込もうとするだろうに。整備新幹線に限らず、モーダルシフトにしてもTDMにしても、たとえいくら快適な鉄道が敷かれたところで、マイカー族は鉄道運賃とガソリン代だけを比較して鉄道を敬遠するのは目に見えている。交通政策上のポイントの一つは、マイカー族の「吝嗇的多面利用」をどう抑え込みうるかにかかっているものと思われる。
 そこで私案だが、高速道路の通行料を、マイカーに乗っている人数分徴収してはどうか。通行料1,000円の区間なら、マイカーに2人乗っていれば2,000円、4人なら4,000円徴収するのである。モーダルシフトを真面目にやる気があるなら、へたに鉄道を敷設するより、マイカー族の「 吝嗇的多面利用」を抑制するほうが先決だろう。

***
 いわゆるエコカーなるものの虚像につき、エネルギーやインフラの面をも含め、元自動車エンジニアが適切かつ冷静に検証した「エコカーは未来を救えるか」(三崎浩士著/ダイヤモンド社刊)を強くお勧めする。
 エネルギーや環境のことを思うとき、どうも悲観的な未来しか思い浮かばない。詳しくは同書をご購読されたい。
 ことに不安なのは貨物部門である。旧国鉄の貨物設備が目下どんどん売却されつつあるが、遠からず後悔することになるのではなかろうか。

増補
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/06/30 00:01:23)

 都市にあっては、あらゆる建物がなるべく密集しているほうが自ずと移動距離が短くてすみ、社会的にも資源上も効率がいいのは常識でわかろう。
 人口110万人の広島市では広島平野が狭いため、さほど極端な郊外化は起きていない。郊外化しようにも山に囲まれているからだ。同市の世帯あたり平均マイカー保有率は0.8台だが、これは戦後に政令市を目指して次々と合併された山奥の田舎町をも含めた平均値だから、戦前からの旧市内にあってはレンタカー族はじめマイカー非保有世帯は相当にあるものと思われる。まして勤務先に駐車場のある勤め人などあまりいるはずもなく、同市内の事業所に通勤する者の実に3分の2が公共交通を使っており、人口のわりにかなり高い比率である。
 だが北海道や北関東、北陸、濃尾、伊勢、筑紫などにあっては、平野が広大なために、郊外化が深刻である。ことに北関東はその人口の少なさゆえ、鉄道もバスも何にもないようなところに巨大駐車場を備えた大型スーパーが進出し、マイカー保有を前提にした住宅地がどんどん造られ、どこに行くにもマイカーだ。故・湯川利和氏のいう「マイカー地獄」そのものであり、ロサンゼルスとダブって見える。

 ロスは公共交通をまったく有しない典型的な自動車都市であり、“1人1台”のマイカーが市民の生命線である。ロスの人口はざっと300万人で横浜と同規模であるが、面積は何と横浜の10倍もある。つまりは人口密度が10分の1なわけで、民家はもとよりオフィスやら銀行やら役所やら病院やら、ありとあらゆる建物がちりぢりに散らばってしまっている。ピンとこない人は、横浜市民が関東平野いっぱいに散住する状況を思い浮かべればイメージがわくだろう。当然ながら極めて非効率な都市空間であり、想像しただけで絶句してしまう。そしてそれらを網の目のように結ぶ高速道路上を市民がマイカーで毎日ブッ飛ばすことにより、ロスの機能は保たれているのである。
 これは明らかにロスの都市計画の失敗であるが、さらに悲惨なのは、都市計画というのはいったん失敗してしまうと取り返しがつかないということだ。しばしば竹村健一氏などが「アメリカは道路整備が進んでいる。日本も造らなければいけない」などとのたまうが、バカも休み休み言ってほしいものである。アメリカは道路を造りたくて造っているのではない。造らざるをえないのだ。ロスを中心にカリフォルニア州は全米で最も大気汚染の深刻な地域であり、行政もこれまでに何度となく鉄道の再興を計画してきたのである。いったん鉄道を潰しておいてまた復活させるというのも能のない話ではあるが、しかしながらロスの鉄道再興計画はことごとく頓挫している。それは財政上の理由ではなく地勢上の理由からである。
 というのは、公共交通体系とマイカー交通体系は、まるで相反する地理条件を求めるからだ。より広い駐車場と道路を要し、薄い人口密度であればあるほど好都合なマイカー交通体系と異なり、公共交通体系は駅やバス停の周りに人口が密集していないと旅客を集めえない。たとえ巨費を投じてロスに地下鉄やLRTを無料運行したところで、大半の市民は駅まで、または駅からが遠く、乗りたくても乗れないのである。結局カリフォルニア州政府やロス市当局は、何とかして鉄道の再興をと悲願する一方、市民の日々の生活のために高速道路を永久に建設、維持してゆかざるをえないというとてつもない宿命を背負ってしまっているのだ。

 広島市など平野や盆地の狭いところ、あるいは東京や大阪などの巨大都市においては郊外化の懸念はさほどないだろうが、ひとたび「マイカー地獄」に陥るともう二度と後戻りできず、アリ地獄のようにずるずるとはまっていってしまうということを、ロスは身をもって教えてくれたのである。日本のお偉方がこのことにどれほど気を留めているのか、心配されるところだ。

広島の都市交通計画から考える環境と公共交通 log072html#2

ところで栗栖様の処方箋は?
 投稿者---Tom氏(2002/07/01 23:54:15)

 Tomです。こんばんは。

 栗栖様のご意見は失礼ながらどちらかというと批判が中心で提案が少ないように見受けられます。
 クルマ中心の都市から鉄道などエネルギー効率の良い乗り物を中心とした街づくり及び交通網を作ることを主眼としている、という総論はなんとなくわかりますが、各論はどうなのてしょうか?
 例えば、

  1.  北関東地方の人口希薄云々とのことですが、世界的にみますと東アジア/東南アジアを除けば北関東は人口密集地帯といえるレベルにあります。
     ここについて、更に集中と分散をはかり、はっきりと居住地と営農地とわけるお考えなのでしょうか?
     

  2.  東京都市部については確かにラッシュ時などは鉄道の方が速いですが、オフピーク時などは以外と駅のそば以外はクルマの方が速かったりします。
     更に、荷物が多いとき、小さな子供連れなどはクルマの利便性が増します(荷物が多いときは簡単にわかると思います。小さな子連れの場合は子供は勿論、子供を連れる事によりさらに荷物も増えます)。
     こういう客層までクルマから強引に鉄道に持っていくつもりなのか、またはソフトランディングするならば、移行を誘発する方法は?
     

  3.  また、都市政策として、都市部にはより集中して住まわせることを理想とされているようですが、ならば、集住を促進する為にどのような施策を取るのか?
     考えられる施策としては、都心部における容積率の緩和や北側斜線規制の撤廃によるマンション高層化による都心住居の低廉化、都心部での低層建築禁止などですが。極端に緑が少なくてもまずい。
     その辺のバランス取り。及び職住近接を図るならば、企業の都市周縁部への誘致による通勤距離短縮も重要です。
     

  4.  クルマを中心に考えられているような大規模店舗についても、実は駅前より店舗費用が安いということがあってのことです。
     これを駅前立地に引き戻すには、駅前に商業地域優先地区をたっぷり取る等のゾーニングも必要になります。
     また、買い物客が荷物をたくさん持つ場合、例えばクルマを使わないとするとカートなどの利用が考えられますが、それと鉄道インフラの調和をどう取るか。
     カート等の利用を考えれば一層のバリアフリー化も必要になります。
     また、欧米の一部の国のように、自転車を鉄道車内に持ち込ませることにより、1人乗りのマイカー族に対しクルマの代用とすべく働きかけるのか。
     更に、快適性を担保しようてすると着席確保の問題もあります。

 うまくまとまりませんが、鉄道系のみを中心にしようとするといろいろと解決すべき問題があります。
 全てをうまく解決できるわけではないと思いますが。栗栖様の処方箋は如何なるものか、是非ご提案下さい。

ご返信
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/02 11:49:13)

 Tom殿のご返信に感謝する。
 本文に入る前に、実はハワイ在住の知人から指摘があり、実は1990年にロスにもLRTが走り始めているとのことで、率直に訂正する。ただしロスのLRTはどちらかというと観光客向けで、ロス市民にはさほど利用されていないともいう。この点、お詳しい方はお知らせ願いたい。

 さて、

 クルマ中心の都市から鉄道などエネルギー効率の良い乗り物を中心とした街づくり及び交通網を作ることを主眼としている、という総論はなんとなくわかります

とのご指摘だが、別にそんなことはない。いくら温暖化が進もうが財政が破綻しようが、より多くの者がマイカー交通体系を望むのであれば、民主社会たる以上いたしかたあるまいに。ただ、いったんマイカー地獄に陥るともう後戻りするのは極めて難儀ということをどこまでわかっているのかと言っているにすぎない。
 私はかつて陸軍自動車学校で自動車の運転を覚え、トラックに上官や部下を乗せて南方のジャングルの奥地を走り回ったものだが、近頃は足腰が弱く、路線バスのステップを昇るのにさえ一苦労だ。子供はみな都会へ出て行ってしまっているし、妻にも昨年他界されてしまった。

 次に、Tom殿の諸般のご提案については、大筋で協賛申し上げる。ただし、

 うまくまとまりませんが、鉄道系のみを中心にしようとするといろいろと解決すべき問題があります。

とは心外だ。べつにそこまで過激な言い方はしていないつもりだが、拙稿の言い方が悪かったのか。

 ところで実は私はいわゆるタカ派であり、石原慎太郎氏を厚く尊敬する者の一人である。もとよりマイカー否定派は左派が多いが、石原氏はバリバリの右派にしてマイカー規制を訴えている。そもそもマイカー規制は石原氏の選挙公約だが、時代は変わったものだ。かつてマイカー規制は共産党やら旧社会党やらの十八番だったが、今やまったく逆サイドの石原氏がマイカー規制を主張し、そして知事に当選してしまうのだから。これまでひたすら道路の拡充を訴えてきた竹村健一氏は、一方で石原氏の大の友人を自称しているが、おそらくその心中たるや苦々しい思いでいっぱいであろうと推察される。
 都議会にあっても「地下鉄で行きゃいいのに、いちいち車を使う。こんなのは規制したらいい」という旨の答弁をテレビでちらっと耳にしたことがある。ただし具体的な施策はロードプライシングのほかは今のところまだ見られない。石原氏は環境問題にも関心が高く、「地球温暖化防止東京作戦」を掲げ、「車に関する東京ルール」を策定しているが、罰則がないし、何より何百万台にも及ぶ都内のマイカーを個別に管理する手立てがない。
 あくまで私の推測ながら、石原氏はマイカーの総量規制すなわちマイカーの台数を減らすしかないと心の中ではわかっているのではなかろうか。群馬大学の宝田恭之教授(当時)によれば、たとえばエアコンやテレビをこまめに消すなどといった民生部門における炭酸ガス排出削減努力は、しかしながらほとんど無視されるほどに微量の効果しかなく、京都議定書に定められた6%になど遠く及ばないという。なお、新世代自動車、たとえば電気自動車や水素自動車、燃料電池電気自動車に期待する人は、「エコカーは未来を救えるか」(三崎浩士著・ダイヤモンド社刊)をお読みになった上でご議論いただきたい。

 まあ、石原氏を総理大臣に据える以外ない。

ご返信増補
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/03 04:16:20)

 Tom殿と通信を交わす光栄を有する。
 あらかじめ断っておくが、私はパソコンを所有しておらず、近くのインターネット喫茶にて拙稿を作成している。せんだって息子にパソコンをねだってみたが、一言のもとに拒絶された。料金は時間制であり、なるべく少ない時間に拙文を仕上げんとするため、どうしても中途半端な乱筆乱文となりがちだが、今の若い方々に負けまいとなしうる限り努めるのでご勘弁願う次第である。

 さて、

 関東地方の人口希薄云々とのことですが、世界的にみますと東アジア/東南アジアを除けば北関東は人口密集地帯といえるレベルにあります。
 ここについて、更に集中と分散をはかり、はっきりと居住地と営農地とわけるお考えなのでしょうか?

とのことだが、私は都市について論じたのであって田園地帯には言及していない。日本語が読めんのかね。

 東京都市部については確かにラッシュ時などは鉄道の方が速いですが、オフピーク時などは以外と駅のそば以外はクルマの方が速かったりします。
 更に、荷物が多いとき、小さな子供連れなどはクルマの利便性が増します。(荷物が多いときは簡単にわかると思います。小さな子連れの場合は子供は勿論、子供を連れる事によりさらに荷物も増えます)
 こういう客層までクルマから強引に鉄道に持っていくつもりなのか、またはソフトランディングするならば、移行を誘発する方法は?

 基本的には「駐車税」のような課税がありうるが、タクシーの活用も考えられる。ただ、やはり少なくとも大都市においては自動車の数そのものを調節しない限りどうしようもないのではなかろうか。そもそもマイカーを購入してもとがとれるのは通勤など毎日乗る場合であり、週末に使うだけなら明らかにタクシーかレンタカーの方が安上がりである。
 欧米の「カー・シェアリング」なるものも注目される。カー・シェアリングとレンタカーの違いは必ずしも明確でないが、前者は後者ほど規模が大きくなく、地域密着型のサービスとして定着しつつあるという。しかも自動車を買うのでなく借りるようにすると、当然ながらガソリン代だけでなく自動車そのものの償却費をも料金に含まれるので、例の「吝嗇的多面利用」を抑え込む効果もあり、欧米の一例によればマイカー保有時に比して総走行距離が半分程度にまで減ったと聞いている。誰かカー・シェアリングに詳しい人おらんか。

 また、都市政策として、都市部にはより集中して住まわせることを理想とされているようですが、ならば、集住を促進する為にどのような施策を取るのか?
 考えられる施策としては、都心部における容積率の緩和や北側斜線規制の撤廃によるマンション高層化による都心住居の低廉化、都心部での低層建築禁止などですが。極端に緑が少なくてもまずい。
 その辺のバランス取り。及び職住近接を図るならば、企業の都市周縁部への誘致による通勤距離短縮も重要です。

 これは貴殿のおっしゃるとおり。そもそも土地は究極的には国全体のものだと思うし、憲法の「財産権は、これを侵してはならない」という規定は改正すべきだ。この条文を根拠にやたら行政訴訟が提起され、役所の都市計画やインフラの整備が遅々として進まない現状がある。だいたい都市部で日照権なんか主張する者の気が知れない。

 クルマを中心に考えられているような大規模店舗についても、実は駅前より店舗費用が安いということがあってのことです。これを駅前立地に引き戻すには、駅前に商業地域優先地区をたっぷり取る等のゾーニングも必要になります。

 これは郊外型の店舗に課税するなどして規制するしかないが、いったん大規模に郊外化したらもう手遅れだろう。

 また、買い物客が荷物をたくさん持つ場合、例えばクルマを使わないとするとカートなどの利用が考えられますが、それと鉄道インフラの調和をどう取るか。
 カート等の利用を考えれば一層のバリアフリー化も必要になります。
 また、欧米の一部の国のように、自転車を鉄道車内に持ち込ませることにより、1人乗りのマイカー族に対しクルマの代用とすべく働きかけるのか。
 更に、快適性を担保しようてすると着席確保の問題もあります。

 これも貴殿の仰せのとおり。だからLRTとか独立採算とかの問題を挙げているのである。

 ただ、いい加減なのはマスコミで、もう何年も前から欧米で鉄道への転換が進みつつあるというのに、ちっとも報じない。かつて日露戦争後のポーツマス講和会議において日本が賠償金をビタ1円も取れなかったのをさんざんにこき下ろしたのもマスコミであった。当時の日本には戦争を続行するに足る国力など残っておらず、当時の政府の対応は至極もっともなものであったが、マスコミはやれ弱腰だの、小村寿太郎は国賊だの、もういっぺんロシアに宣戦しろなどとでたらめを報じ、国民を煽ったのである。あるいはまた大東亜戦争の折にも、大本営発表を極端に誇張し、国民の戦意を昂ぶらせたのもマスコミだった。
 かかる日本のマスコミは戦後にあってもちっとも自省せず、朝日やNHKなどが「新しい歴史教科書をつくる会」をさんざん誹謗中傷した挙げ句、ついには全国の左翼どもが各地方の教育委員会にまで押しかけて採択を妨害するに至ったのである。マスコミの連中は自分たち自身が立派な権力機関たる事実をまるで認識していない。困ったものだ。

東京都のディーゼル規制に関する件
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/03 21:33:06)

 石原慎太郎氏を深く尊敬する小生であるが、一つだけディーゼル規制についてだけはどうも納得しかねるものがある。もちろん脱硫化の不十分な不正軽油の摘発は大事だが、どうも理性的な議論というよりただ漠然とした“ディーゼル悪玉論”が先行しているようなイメージがある。
 ディーゼルエンジンの排気ガスがガソリンエンジンのそれに比べて汚いのは周知の事実だ。しかしながらトラックやバス、ブルドーザー、ダンプカーなどは社会に奉仕する車であり、誰しもが間接的に世話になっている。もとより大型車は負荷変動が大きく、ディーゼルしか選択の余地がない。むしろRVなどのディーゼル乗用車を規制するのが先決だろう。
 自動車の排気ガスの主なものはNOxとPMだが、ディーゼルエンジンは低速走行であればあるほどその排出量が多いのに対し、ガソリン車のそれは高速でも低速でもさほど変わらない。感情的にディーゼルを責めるのでなく、マイカーを規制してディーゼル車を優先的に流すようにすれば、大気汚染の低減にはるかに有効である。
 ディーゼル規制論者は当然ながら軽油価格の引き上げを主張するが、ガソリンと同額まで引き上げてもあまり意味はない。後述する燃料消費率をも勘案すれば、軽油を1リットル120円くらいにまでしなければならない。だが今度は小型ガソリントラックばかり増えて渋滞し、二酸化炭素の排出が増えるほか、何より相当の物価上昇をもたらす仕儀となろう。世のあらゆる物資は輸送を伴うものであり、消費税率が3%から5%になったときのことを思い返せばその影響は容易に想像がつく。

 さて、小生はかつてあの今村均中将率いるジャワ攻略戦に加わったことがある。ジャワ北東部のクラガンというところに敵前上陸し、一気にジャワを突破して軍港チラチャップを攻め取るという大作戦だが、上陸の際アホな部下がトラックにガソリンと間違えて軽油を入れてしまい、小生ともども上官からこっぴどく叱られたものである。軽油はどのような混合比でも圧縮すれば自己着火するのに対し、ガソリンの混合気は圧縮しても自己着火しないため点火プラグが必要だ。そこへ軽油を入れたのだから当然ながらその場にて応急修理するはめになり、遅れをとることとなった。
 さて、このことはディーゼルのほうが基本的に燃費がいいことを意味する。ピストンの往復行程にはポンピングロスがつきものだが、軽油はどのような混合比でも自己着火するのでディーゼルは燃料の供給量を増減するだけで出力を調整できるのに対し、ガソリンは1対15の混合比でなければならず、低負荷時において燃料とともに空気をも減らす必要がある。特に3ナンバーの強力なガソリン車がアイドリングや低速走行をするとポンピングロスにより燃費は悪化する一方だ。
 加えて圧縮比の差もある。ガソリンエンジンの圧縮比は10程度、ハイオクでもせいぜい12がいいところだが、ディーゼルのそれは軽く20に達する。むろん圧縮比の高い方が燃料消費率がいい。
 これらのことからヨーロッパでは21世紀のエンジンとしてディーゼルエンジンが選ばれつつあり、温暖化防止の切り札としてディーゼルへの乗り換えが進行中だが、日本ではディーゼルへの風当たりが強く、急には無理だろう。

 ところでディーゼルを規制しガソリン車を増やそうとすると、石油全体での需給バランスにも影響を及ぼす。原油の精製によりLPG、ガソリン、ナフサ、灯油、軽油、重油など各成分の得られる比率を得率というが、この得率は油田によりあらかじめ決まっている。急にガソリンだけ増産するとか、軽油を減産するとかはできない。
 さらに原油には重金属や硫黄などの厄介な成分も含まれている。硫黄分の約6割は精製時に脱硫装置により取り除かれるが、残りはアスファルトとなる。そう、アスファルトとは商品ではなく、石油のカスなのだ。日本は原油の精製だけではバランスがとれないため精製後の燃料油も輸入されているが、アスファルトは一粒も輸入されていないのがその証拠である。石油を使えば不可避的にアスファルトも生ずるわけだから、自動車燃料に税金を課して道路を造り、アスファルトを始末するしか手立てがなくなる。結果、自動車の増加→石油消費の増加→アスファルトの増加→道路の増加→自動車の増加という連鎖が加速度的に繰り返されることになるのである。モータリゼーションはまさしく石油大量消費文明のシンボルだ。

ロスLRT
 投稿者---とも氏(2002/07/03 01:43:06) http://town-m.vop.jp/

 ともです。
 栗栖様、はじめまして。よろしくお願いいたします。

 本文に入る前に、実はハワイ在住の知人から指摘があり、実は1990年にロスにもLRTが走り始めているとのことで、率直に訂正する。ただしロスのLRTはどちらかというと観光客向けで、ロス市民にはさほど利用されていないともいう。この点、お詳しい方はお知らせ願いたい。

 ロスのLRTは市民の足です。
 ロスでの暴動の際、黒人がLRTを壊さなかったのは有名な話で、完全に庶民の足となっています。
 観光客の導線とロスのLRTはロングビーチ線しか一致してはいないため観光客の足とは言い切れないでしょう。
 逆にグリーンラインでのパークアンドライドの導入などはまさに市民向けである証拠といえます。

クルマと京都議定書

 単純な話で、二酸化炭素排出量を減らしたければ確実に効くのがTDMです。
 しかし、栗栖様が書かれている通り、民主社会なのですから合意が必要です。
 仮に得られるとしても実効性のあるTDMが果たして可能なのか。
 都の石原知事案にしても外環の整備がなくては不可能であり、一部首都高の料金値上げなど地球温暖化の解決に逆効果の施策を打ち出したりと、いわゆる「脱マイカー」なのかという疑問はつきません。
 燃費が向上すれば二酸化炭素排出量は減少する。当たり前の話を実現することを目指している。そのためには渋滞解消と東京に用のない交通を外に回すことで解決する。そういうことなのではないかと感じます。

 手短ですが。ではでは

ご返信
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/03 03:11:35)

 とも殿と通信を交わす光栄を有する。
 さて、ロスのLRTが庶民の足となっているとのことで喜ばしい限りだが、小生が気になるのは例の「吝嗇的多面利用」についてである。少なくとも開業当初においては、多くの市民はガソリン代と電車賃だけを比べてミミッチくマイカーを使い込もうとしたのではないか。あるいはロードプライシングとか、何らかのマイカー規制策を講じたのか。あの“マイカー必需品化”が完全達成されていたロスにあって、具体的にどのようにLRTの敷設が進み、乗客を集めうるに至ったのか、また日本の都市にも施策が可能なものなのか否か、厚かましいが無知な小生にとも殿のご高話を拝聴したい。

 それから環境問題については、石原慎太郎氏のみならず西部邁氏や櫻井よしこ氏などの保守系言論人からも多くの指摘がなされるようになり、時代の変化が感ぜられる。ことに西部氏はいうなればタカ派の総鎮守のような存在だが、その著書「国民の道徳」(産経新聞社刊)において「技術が環境に襲いかかる」と題した一章を特に設け、主に知識人の責任を追及しておられる。
 ただし彼らが諸般のいわゆる環境左派と異なるのは、あくまで日本国家を念頭においている点である。環境左派のなかにはもちろん右も左もなく純粋に環境保護を訴える者もあろうが、大半は環境保護にかこつけて国家の解体やら反戦やら地球市民やらといったマルクス主義ふうのあやしげな妄想を裏にこっそり用意している者がほとんどである。これに対し彼らは常に国家的見地から環境問題を論じている。何せこのまま温暖化が進めば東京の下町の多くが水没してしまうのだから、当然ながらこれは地球以前に国家の大問題だ。すなわち旧来の「経済成長を優先する右vs環境を優先する左」という図式が「国家的見地から環境保護を訴える右vs環境保護より個人の人権を優先する左」という図式に変じつつあるように思われるのである。

広島の都市交通計画から考える環境と公共交通
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/15 16:26:28)

広島の都市交通計画から考える環境と公共交通
└交通モードと環境影響の基本的な考え方
 └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方

(以下次ページ)
  └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方
   └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方
交通モードと環境影響の基本的な考え方(2)
 └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方(2)
交通モードと環境影響の基本的な考え方(3)
 └Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方(3)

 (広島の都市交通計画において、広電の平和大通り線構想とアストラムライン東西線構想があるが)ここで厄介なのは地元の被爆者団体で、広電による平和大通り線構想が公になるや否や、平和大通りの景観を損なうなどと猛反発しているのである。平和大通りには毎日何万台もの自動車が通行するが、自動車は平和大通りの景観にふさわしいのだろうか。自動車は平和大通りを通ってよいが電車は駄目というのでは論理に整合性がない。こんな愚にもつかぬ反対意見になど誰も耳を貸すまいと高をくくっていたら、何を血迷ったか地元マスコミも連中に協賛し、しまいにはキャスターが電車なんかどうでもよいから駐車場を造れなどとのたまう始末で、ただただ呆れるばかりであった。
 そもそも広島市はかつて政令市を目指して周辺の町村を次々と合併し、時の自治省から指導を受けたほどである。旧市内の人口は約60万人とほとんど増減はなく、地下鉄建設論は単に大都市の真似がしたいだけの感情論としか思えない。仙台や福岡などとは違うのである。

広電の限界 ../neotrans/log340.html#2

 過日TBS系の「世界ふしぎ発見!」で、オランダの自転車事情が取り上げられたが、これは「世界ふしぎ発見!」が日立の提供だからである。もし自動車メーカーがスポンサーだったら、こんなことは放送できない。小生の大嫌いな「ニュースステーション」でさえ、水素カーや燃料電池自動車を熱っぽく報ずる一方で、外国のLRTを取り上げたことなどただの一度もない。それに「世界ふしぎ発見!」はいわゆる教養番組であり、インテリとはいわぬまでもある程度知的な人しか見ないだろう。低俗なバラエティ番組でオランダの自転車の普及ぶりを紹介しても、ほとんど視聴率は取れないのではないか。
 ただ一つ気になるのは、「世界ふしぎ発見!」において、オランダは山が少なく平地が多いので自転車が普及した、とばかり繰り返されていたことである。当然ながらこれは的外れでしかない。いうまでもなくオランダは国土の大半が干拓地であり、地球温暖化により海面が上昇するとたちまち水没してしまうからこそ、国を挙げて自転車の活用を推し進めてきたのである。いくら平地が多いからといって、行政が何の政策も講じないまま自ずと国民が自転車に乗るわけがなかろう。

 ここで、重大な疑念を打ち明ける。温暖化防止の一環として自転車や鉄道、船舶が海外で広く活用されているという事実が、何らかの圧力により日本国内で故意に隠蔽されているのではないか。そんなまさかとお思いかもしれないが、たとえば京都会議以降これほどまでに温暖化の問題が顕在化しているにもかかわらず、JRはじめ鉄道事業者は鉄道の省エネルギー性を訴える広報活動をしていない。かつてJR西日本が列車内に「鉄道は地球環境にやさしい交通機関です」という旨のポスターを掲げたことがあったが、いつの間にか消え去ったし、ましてCMや広告などただの一度も製作していない。ホームページでは細々と宣伝しているようではあるが、大々的なPRはしていないのである。
 数年前までNHK教育テレビで「フルハウス」というサンフランシスコのコメディ番組が放送されていたが、その中である子役の女の子が車で出掛けようとする父親に対し「電車のほうが地球にやさしいんだよ」という台詞を述べていたのをはっきりと覚えている。つまりはアメリカ、少なくともサンフランシスコにあっては鉄道の環境優位性というものが市民にきちんと周知されているのである。おそらくは州当局なり市当局が鉄道の利用促進のためのCMでも作っているのであろう。

 もちろん日本の鉄道事業者が鉄道の環境優位性を宣伝しないのは単に自動車メーカーからの反発を恐れているからだとする反論もあろう。現にいつだったか、JR東海が東京と大阪を行き来する場合、飛行機よりも新幹線のほうが二酸化炭素排出量がこんなに少ない、というデータを発表したところ、航空業界が猛反発しているとの記事を毎日新聞で読んだことがある(ちなみに毎日新聞は日本で最もモーダルシフトに理解ある新聞である)。
 だがたとえばトヨタご自慢のハイブリッドカー、プリウスはどうか。発売以来、プリウスは燃費が半分になるとの情報が独り歩きしているが、これは都市内で頻繁に加減速を繰り返す場合の話であり、高速道路や渋滞のない一本道を定速走行する場合はエンジンだけを使い続けるわけだからモータや蓄電池はただのお荷物でしかなく、確実に燃費が悪化する。しかしながらそのようなハイブリッドカーの死角についてはいっこうに語られない。
 さて、これはトヨタを責めているのではない。もとよりデータとか数値とかいうものはケチをつけようとすればいくらでもつけられるものなのだ。

 軌道か地下鉄かを論ずる以前に、鉄道の環境優位性というものを啓蒙するのが先決ではないか。

交通モードと環境影響の基本的な考え方
 投稿者---とも氏(2002/07/16 12:42:48) http://town-m.vop.jp/

*オランダの都市計画と交通施策
 オランダは、世界有数の園芸農業国であり農地保全は国策として重要である。よって都市開発においては安易な土地利用変更が生じないよう厳しいコントロールにより開発すべき地域としない地域を明確に区分しなくてはならないことから、既存市街地のスクラップ・ビルドを行いながら適切な土地利用をすすめるため持続可能な都市開発(サスティナブル・デベロップメント)という考え方を導入している。これに基づいて土地利用に関し、業務地や商業地、住宅地を明確に区分する土地利用施策である「ABCポリシー」を基本的な考え方としてコンパクトシティを形成している。コンパクトシティとは都市圏を自転車や徒歩圏で完結できる規模、すなわち自動車や鉄道などの移動手段に頼らずに完結できる規模としているのである。
 基本的な都市構造は外周道路(リング道路)を整備し、その外周道路沿いにフリンジパーキングを設置してその内側を都市として開発する。リング道路の内側においてはトラフィック・ゾーンという考え方(トラフィック・セルやコミュニティゾーンのような考え方)により、通過交通流入を物理的に抑制(決して強制排除ではない)し、自動車交通の都市内流入をさせない工夫をしている。

 一方、比較的大きい都市であるアムステルダムではそうはいかないため、外周道路と域内幹線道路により自動車が侵入しえないゾーン(トラフィック・ゾーン、歩行者専用街区)を導入し、そのエリア内移動は自転車やLRT網、バスサービス網によることが「簡単で早く」なるように「誘導」することで、結果的に自動車流動を抑制する考え方、公共交通や自転車にインセンティブを与える形の非強制的TDM(オランダではTMPという)を実践しているに過ぎない。自転車利用を誘導する施策については公共レンタサイクルシステムなどがあるが、自転車道などは「自転車優遇」として進めたのではなく、単に通過交通排除が行えたリング道路内側の道路交通再構築の一環として自転車道を整備したものであって、国民が自主的に自転車を選択する土壌を形成したにすぎない。もちろん土地が平らであるからこそ自転車利用が促進されたことはいうまでもない。

*オランダは自動車利用が少ないのか
 
オランダにおいても自動車交通は多くの割合を分担しており、現に次のようなデータもある。

交通手段分担率(トリップ数ベース)
  オランダ全土 参考:東京 参考:広島
自動車 47% 33.1% 38.8%
自転車・二輪 30% 16.7% 20.0%
徒歩 17% 22.3% 27.5%
電車・バス 5% 31.9% 13.5%
その他 1% 0.1% 0.2%
出典:

まちづくりのための交通戦略(山中英生、小谷通秦、新田保次著 学芸出版社刊)
都市計画ハンドブック1999(建設省都市局監修 (財)都市計画協会刊)

 よって、確かにオランダは自転車(二輪車)の割合は高いが、決して自動車が少ないわけではなく、鉄道やバス、徒歩の利用者が自転車を利用しているに過ぎないとも言える。
 また、移動距離を基準(人キロベース)にすればオランダでは実に75%が自動車利用となり、あくまで自転車は短距離移動手段にすぎないことは想像できる。

*鉄道の環境優位性
 
鉄道が環境的に自動車に対して優位なのは間違いではない。しかし、その数字は様々な文献により異なり、4〜10倍と差があるのが実情である。

輸送エネルギー量原単位(人・キロベース)(鉄道を1とした場合)
出典 鉄道 自動車 バス
エネルギー計量分析センター 1 10.8 2.9
運輸関係エネルギー要覧 1 5.9 1.5
川端、明神、天野
(都市交通によるエネルギー消費の推計 土木計画学論文集1993)
1 6.2 2.1
Pharah,Apel
(Transport in European cities)※ただし鉄道はLRTで比較
1 4.0 1.0

 このようにデータ上のばらつきがあって、しかも日本の文献の多くは普通鉄道であったり、都市内ではなく都市間なども含むデータである。
 よって、都市交通を対象とした下の2つのデータを採用したとして、4〜6.2倍であり結果的に利用者が少ない場合(鉄道が供給過多である場合)や逆需要導線の場合には自動車のほうが環境優位性が高まる可能性も否定は出来ない。

 現に東京都市圏における一人当たりの消費量を計算した結果は以下の通りであり、分担率が同程度であることを勘案すると3倍程度に収まる程度しか消費されていない。

都市圏における輸送エネルギー消費量(kcal/人)
鉄道 1418
バス 62
自動車 3733
出典:

東京都市圏におけるPTデータを用いた輸送エネルギー推計と都市構造に関する一考察
森本、小美野、品川、森田 土木計画学論文集1994

 自動車の分担率と原単位から見ると自動車の消費量は少ないが、これはまさに東京などでは移動距離の長いトリップは鉄道に、移動距離が短い端末や市内の短距離流動が自動車になっていると考えられ、日本においても自主的に国民は合理的な交通手段選択をしているといえる。
 東京は自動車での流入が困難であるからということがその理由にあるが、これはまさに目に見えない形での公共交通へのインセンティブを与えているのであり、結果的にオランダなどと同じTMPを実施していることと同じである。

 また、需給バランスが取れない限りは鉄道に環境優位性があるとは断言できず、さらに、低需要区間においては鉄道の環境優位性は大きくなくなることが考えられる。
 なぜなら、自動車の需給バランスは各自の判断で動くため常に非常にバランスが取れた状態であるが、鉄道は高需要にあわせて供給量を設定するため、常にどこかで需給バランスがくずれ、その状態においてはエネルギー消費が多くなる。
 よって、都市計画上の課題を解決しない限りは鉄道の環境優位性を説くことは単に輸送モード間の平均燃費を比較しただけであり、自動車の10・15モードでの比較同様さしたる意味を持たないものとなる。

 なお、究極の省エネルギー軌道交通は低加速低速走行、イスなし冷房なしの満員電車であることは当然ご理解いただけると思う。

*アメリカの場合
 
実はヨーロッパ以上に都市計画レベルでの公共交通優遇策においてのアメリカの考え方は進んでいる。
 サンフランシスコはTOD(公共交通指向型都市開発)コンセプトをベースに駅までは自動車、駅からはBARTによる軌道輸送で都心に向かうという流れが都市計画上もしっかり計画され、さらに都市内への自動車進入は許されるもののフリンジパーキングなどにより抑制がかけられている。
 また、オレゴン州ポートランドでは都心部の一定ゾーン内の交通(軌道、バスすべて)を無料とすることで自転車だけではなく軌道系やバスも含め移動しやすい環境を形成している。その上でTODの理念に基づいて都市の外縁に環状道路を配し、都市内のフリーウェイを撤去し公園化するなどして極力通過交通を都市内部に入れないようになっている。
 すなわち、「通らざるを得ない」ものを迂回させ、通過しにくい状況を作り上げた上で「軌道の利用の可能性のある人」に軌道を使ってもらえる(決して強制ではない)工夫をしていることが成功の要因である。
 同じような考え方はオーストラリア・パース、アデレードなどでも導入され、効果をあげている。

*軌道系など公共交通の利用促進には
 
公共交通の利用促進を図り、自動車交通を減らすということは簡単な話ではない。環境にやさしいなどということで鉄道を使う人が増えるのなら、とっくに自動車など淘汰されていてもおかしくはないのだ。ただ、自動車の利便性にメリットを感じる人が多いからこそ自動車利用が減らないのであって、まずは運賃政策などを含め公共交通の利便性を向上させインセンティブを与えた上で、自動車利用から適切に誘導(パークアンドライドの推進など)させる手段を講じることがベターなのである。

*広島
 
広島であれば、まさに自動車交通を受け入れるフリンジを外縁部に設けることが第一である。広島郊外は低密度住宅地であり、丘陵地であることから自動車の利便性が高く、公共交通サービスは空白が生まれやすい。それをフォローする形で自動車利用を許容し、郊外のターミナル部にフリンジパーキングを設置し、極力市内まで車で入らずして公共交通で入れる工夫をすることを考えなくてはならない。
 しかし、これは一朝一夕で「作りましたハイどうぞ」ではすまされない。快適性をも担保する必要があり、利便性も高いものでなくてはならない上に、市内流動で費用が相当必要であれば適切な手段転換など生じない。
 料金の一元化、乗り継ぎ割引の拡充、ゾーン運賃の導入などによる総合利便性の向上、混雑緩和、速達化など、インセンティブを与えることをしなくてはならない。
 これは全国共通の基本的な視点である。

 軌道系交通機関と自動車交通を分けて考えるようでは軌道だけを見て総合交通としての都市交通計画を見ていないことになり、避けるべきである。
 都市交通計画は既存の都市があってそれに合わせて交通計画を配するのが基本である。その上で、さらなる開発もしくは再開発に関し、いかにして公共交通機関「指向」の開発として土地利用を誘導できるかが当然の方策である。
 TODを実践しているのポートランドもシアトルもパースもこのようにして長いスパンでそういった都市圏を形成したのである。
 各モードの特性をしっかり見据え、それぞれのメリットを活かす都市交通計画を立案することが基本ではないだろうか。

Re:交通モードと環境影響の基本的な考え方
 投稿者---栗栖克寛氏(2002/07/16 22:03:17)

 それにしても、和寒殿の「鉄道ナショナリスト」という言葉はいい。小生もナショナリスト(のつもり)なので、うらやましい。先を越された感がある。

 (オランダでは)自転車道などは「自転車優遇」として進めたのではなく、単に通過交通排除が行えたリング道路内側の道路交通再構築の一環として自転車道を整備したものであって、国民が自主的に自転車を選択する土壌を形成したにすぎない。もちろん土地が平らであるからこそ自転車利用が促進されたことはいうまでもない。

→とのことだが、本当にそれだけであれだけ自転車が普及し、利用されるだろうか。
 オランダ政府は1990年に「第二次交通構造計画」を打ち出した。2020年を目標として

  1. 自動車からのNOxを1986年に対し(以下同じ)75%減らす

  2. 二酸化炭素の排出を10%減らす

  3. 交通事故の犠牲者を50%減らし、負傷者を60%減らす

  4. 自動車の走行距離を65%減らす

  5. 公共交通の輸送量を1.5〜2.0倍にする

との壮大な計画である。
 自転車道の整備も、かかる政府の強固な政策理念によるものではなかろうか。少なくとも政府が国民に自転車の利用を訴える何らかの啓蒙活動をしているはずである。だいたい理屈でなく常識で考えていただきたい、常識で。いくら平地が多いからといって、政府が何の政策も講じないのに、自ずと自転車が選ばれるわけがないではないか。

→オランダ全土と東京や広島といった都市部を比較して何の意味があろう。比べるならオランダ全土と日本全土を比べるか、アムステルダムやロッテルダムと東京や広島を比べていただきたい。
 ところでオランダで思い出したが、例の竹村健一氏がオランダと九州を比べ、「もっと道路を造れ」とのたまっている。オランダと九州は面積も人口も自動車の数もほぼ同じであり、それなのに高速道路はオランダのほうが圧倒的に発達している、だから日本も道路を造れという理屈だ。
 だがこれは地勢条件を無視した暴論であることは自明であろう。オランダは人口密度は高いほうだが平地が多いことから人口が全土に散らばっており、最も人口の多いアムステルダムでさえ人口はざっと70万程度である。したがってこれらの諸都市を結ぶために道路が発達しているのはたしかではある。だが九州は山が多く、福岡はじめ都市部に人口が偏っており、少なくともオランダほどの道路網は必要ないはずである。九州の山奥に高速道路を張り巡らしても仕方なかろう。
 しかも竹村氏の狡猾な点は、持論である道路整備推進論を石原慎太郎氏の前では決して口にしないことだ。石原慎太郎氏は道路特定財源の一般財源化について「そりゃ当然でしょうね。今どき道路にしがみついている奴はどこかボケてんじゃないの」と発言したり、「山奥の道路なんて車より狸のほうが多いんだから」と道路建設に釘を刺すなどしており、先日の「報道2001」(フジテレビ系)に出演した際も「あんなところ(四国)に橋を三本も架けてどうすんの」と至極まっとうな主張をしていたが、竹村氏は一切反論しようとせず、だんまりを決め込むばかりであった。内心は道路整備を訴えたいのだろうが、スタジオで石原氏に「でも日本は山が多いじゃないですか。外国と単純には比較できないでしょう」などと反論されるのが怖いのだろう。竹村氏はそれなりに人気のあるお方なのだろうが石原氏の比ではない。
 もちろん石原氏の出演しない「報道2001」にあっては、竹村氏はしばしば道路整備を訴えている。何とも老獪だ。

 鉄道が環境的に自動車に対して優位なのは間違いではない。しかし、その数字は様々な文献により異なり、4〜10倍と差があるのが実情である。
 このようにデータ上のばらつきがあって、しかも日本の文献の多くは普通鉄道であったり、都市内ではなく都市間なども含むデータである。
 よって、都市交通を対象とした下の2つのデータを採用したとして、4〜6.2倍であり結果的に利用者が少ない場合(鉄道が供給過多である場合)や逆需要導線の場合には自動車のほうが環境優位性が高まる可能性も否定は出来ない。
 現に東京都市圏における一人当たりの消費量を計算した結果は以下の通りであり、分担率が同程度であることを勘案すると3倍程度に収まる程度しか消費されていない。

→だから、およそ数値とかデータとかいうものは、解釈のしようによってケチをつけようとすればいくらでもつけられるものだと述べたはずである。たとえば4人いっぱい乗っている軽自動車と旧国鉄の超閑散赤字ローカル線との比較という極端な想定をすれば、当然ながら前者のほうがエネルギー消費が少ない。だがそんなことを言っていたら何も進まないのではないか。
 ハイブリッドカーや電気自動車だって、都市内で頻繁に加減速を繰り返せば燃費は向上するが、高速道路などで定速走行する場合は間違いなく燃費は悪化する。しかしながら自動車メーカーのパンフレットにはそんなことは一切書かれていないし、マスコミもハイブリッドカーや電気自動車は燃費が半分であるとの詐欺的宣伝に平然と加担する。他方JR四国はやたら「しおかぜ」のCMばかり流し、JR西日本も「ひかりレールスター」の宣伝に余念がない。これでいいのか。自動車メーカーは熱心に環境問題に取り組んでいるのに、鉄道会社はスピードや快適性ばかり追い求めてケシカラン、などという誤った認識を広める仕儀となりはしないか。そもそも鉄道の環境優位性というのは大量輸送以上に路面との摩擦の少なさが大きな要因であり、これは気動車に乗るとわかる。駅を出るときはエンジンを吹かすが、一定の速度に達するとアイドリング状態のまま、惰性で次の駅まで行ってしまうのである。

 なお、究極の省エネルギー軌道交通は低加速低速走行、イスなし冷房なしの満員電車であることは当然ご理解いただけると思う。

→これは誤り。ダラダラ加速するよりさっさと加速して惰行するほうがエネルギー消費は少ないし、山手線より新幹線のほうが電力消費は少ない。自動車でも一般道より高速道路のほうが燃費がいいのと同じ理屈である。

 パーク&ライド云々とのことだが、注意すべき点が二つある。
 まず、パーク&ライドは中心部へのマイカーの乗り入れ削減を目指したものだが、かえってマイカー交通量の増大を招きかねない懸念もある。札幌市ではマイカーから地下鉄への転移を期して駐車場を設けたが、それまで駅までバスや自転車、徒歩で行っていた人までもがマイカーを使うようになったとか、単に駐車場代わりに使用している者も多いという(日本経済新聞平成12年6月19日付より)。パーク&ライドそのものは結構だが、一定の制約を設けないとむしろ逆効果に陥るおそれがある。
 そもそもすでにパーク&ライドを取り入れている欧米の都市というのは、そこだけで完結しているかのごとき、こじんまりとした小さな町であり、無軌道に広がった日本の都市に向くものではないのではないか。地方都市ならともかく、少なくとも東京や大阪などの大都市の駅前に駐車場を設けようとしたらそれこそ何億円もかかってしまうだろう。
 次に、やはり例の「吝嗇的多面利用」が気にかかる。かりに駅前に無料駐車場を設けたとしても、ほぼすべてのマイカー族は電車賃とガソリン代だけを比較し、ミミッチくマイカーを使い続けるだろう。マイカー交通を公共交通に移し替えるというのは大変に難儀なのである。

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2004.11.02 Update


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