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【検証:近未来交通地図】<road to 〜 当世道路研究>
(過去ログNo.509)
下記内容は予告なしに変更することがありますので、予め御了承下さい。
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趣味的利用と日常の交通行動 〔続〕
 投稿者---かまにし氏(2002/08/22 17:12:28)

―ご返信
 └解っていない人間として考えますと
  └なるほど。
 └民間企業であっても努力は必要
  └ご返信
   └Re:ご返信
 └三度目ですが
  └Re:三度目ですが
   └「効用」という概念を改めて考えてみれば…
   └無礼の段はお詫び申し上げます/しかし強く勧告いたします

(以上前ページ)

    └Re:無礼の段はお詫び申し上げます/しかし強く勧告いたします
    └愚者の愚見
     └失礼を省みずに述べさせて頂きます
     └≪管理者投稿≫本スレッドに関する管理者見解

前ページより

Re:無礼の段はお詫び申し上げます/しかし強く勧告いたします
 投稿者---とも氏(2002/08/26 18:35:15) http://town-m.vop.jp/

 ともです。

 栗栖様は湯川利和氏の「マイカー亡国論」を主たる論拠にして、「吝嗇的多面利用」という「説」について現実の交通行動として現れている以上は問題であるということをおっしゃりたいのだろうと解釈しております。
 しかし、和寒様がご指摘のとおり、論拠が薄いといわざるを得ません。確かに「栗栖様のご子息」の行動、および発言に関しては問題視されるのは当然であり、また同様の考えをお持ちの方はいらっしゃいます。
 それは事実でしょう。
 でも一般論として成立するかです。
 似たような行動はだれもがどこかで経験しているとは思います。電車の何倍もの時間と同程度の有料道路料金を払っても鉄道では行かない。といったケースは数多くあります。でも、それなりの理由があって車を使っているかどうかを検証し、そこで初めて議論になるのです。どこに問題があるのか、なにが問題なのか。それが明らかにならないと対案もなければ対策もできません。
 しかし、栗栖様はご子息の例をベースにそれはつまりは吝嗇的多面利用者、または自動車オタクであると断ぜられた上で、それがいけないという議論展開(すなわち和寒様ご提示の1)2)の議論に展開していく)をされている。それでは議論にはなりません。もっと言えば利用者の視点ではなくご子息とご自身の視点で物事を語っているにすぎません。

 湯川氏の著作は良書であり、交通をやっている人間の多くは既読であろうかと思われます。私も読んでおります。十分お薦めできる本であると考えます。
 しかし、この本は1968年に刊行されたものです。栗栖様はよくご存知でしょうが、この当時にはTDM思想もマルチモーダル思想もなく、自動車と鉄道はまだまだ鉄道が圧倒的有利である中で、地方部や都心部において自動車交通が急激に増加し、交通環境の悪化、事故の多発など様々な問題を生んだ時期であり、自動車と鉄道は対立軸にあったのです。
 確かに、この時代として湯川氏の論は先進的であり、今のTDM思想に通じる新たな考え方を示したものと考えられます。
とはいえ、今の時代に置き換えて見れば、吝嗇的多面利用そのものを打破する施策はいくらでも存在し、TDMという思想が一般化し、状況も違えば人々の考え方も違います。
 つまり、湯川氏の論をそのまま引用し、であるからして存在を甘く見るな、もしくは公共交通を利用すべきであるとしても、その論拠がすでに時代とあっていなければなんら意味を持たなくなります。

 湯川氏の論はもちろん今でも思慮する考え方です。しかし、そのままバックグランドを含めということではなく、そのエッセンスとしてということです。そこを栗栖様はご自身の論に近いということで引用されているようにしか思えません。

 現状においては、「いかにして利便性を犠牲にせず社会的便益を生み出して需要を管理=転移させるか」ということがTDMの基本思想であり、自動車に関しては「使う必要のある人が使えるときに使う」という「かしこい自動車利用」という発想が基本的に求められます。
 また、公共交通に関しても、その人の交通行動パターンにおいて公共交通が優位ならばスムーズに転換させるにはどうすべきかという点での議論が中心であり、嗜好は当然配慮にいれるべき事項であり、研究も進んでおりますが、だからといって絶対視するものではないのです。
 極論ですが、東京モーターショーやF1日本GPの観客の多くは公共交通を利用します。もちろんクルマの利用者は存在しますが、率で言えば少ない。それはつまり、自動車で絶対に移動など自動車趣味界においても極めて少ないものであり、決して一般的ではないということです。

 私がなぜ軌道主義に批判的かといえば、単に自分が鉄道が好きであるからという理由で、環境や社会経済問題を無理やり当てはめ、道路交通や航空には問題があるとして工学的・経済的論拠も無いままに新規導入を進めるべきといった考えを持った方が多いことです。
 関係するサイトをいくつでもご覧ください。失笑に値するレベルの議論がまかり通っております。
 おかげで、本来関係の無い、もしくは逆効果のおそれのあるバリアフリーやユニバーサルデザインの観点を見失った議論やさらには実際の交通計画分野に持ち出す人間が多い。
 そこなんです。
 栗栖様は松山の研究会のお話を出されましたが、あれならよいのです。現実的ですよ。
 だれも不思議は無い。でも、ほかでは違うケースが悲しいかな多いのです。

 栗栖様お住まいの松山は伊予鉄道が非常にがんばっていること、松山市や愛媛県の思想が柔軟であることもあって、非常に都市交通計画としては統制の取れたものを構築されています。
 自動車でも公共交通でも動きやすい。
 しかし、そのような都市こそ日本では少ないのです。自動車でも公共交通でも移動に難がある都市も多いのです。
 だからわが国では公共交通のシェアが都市内移動では諸外国の追随を許さぬほど高いのです。
 ただ、消極的な選考で公共交通を利用している層が多い、そしてそれに胡坐をかいてしまっている事業者も多い。
 そこは考えを変えて積極選考をさせなくてはならない。そのために何をすべきかという議論をしなくてはならないのです。
 栗栖様の論ではハッキリ言わせていただけばなにも変わらないのです。

 脱マイカーを訴えるだけで変わるのなら昭和40年代以降のモータリゼーションは起こりません。
 であるからこそ違う策が、今の世の中では求められる。そういった方向での議論をしなくてはいつまでたってもなにの解決にもならないのです。

 若輩者が大変失礼な物言いですが、栗栖様の論では交通計画論ではなく、単なる思想的な思考でのスパイラルにはまり、議論にはなりえないと考えられますので。

***
P.S
 揚げ足取りのようで大変恐縮ですが、アストラムラインの整備時にあわせて道路整備が行なわれ、飛躍的にあの地域の道路環境は改善されておりますが、それはどうなるのでしょう。栗栖様のご子息の言われ方ですと、軌道系整備しか行なわれていないようにとれますが。
 また、一般的にドライブというものは郊外に出向くものではないのですか?横浜や神戸のようなレアなケースはあるにせよ、東京や大阪はもちろん地方都市であっても都心へドライブというのは一般的な発想では無いでしょう。買い物をするとか映画を見るとか何らかの目的を有した交通行動であると考えますが。ただ松山市内をぐるぐる回るドライブ客など存在するのでしょうか。私は松山市内など進んで運転したいとは思いませんが。

 栗栖様はまずご自身の周り(ご親戚やご近所)ではなく、世間一般論としての交通行動とはということを観察されてはいかがでしょう。これから涼しくなりますし、松山でしたら気候も大変よろしいですから、伊予鉄道市内線を見られるだけでもずいぶん違うと思われますが。

愚者の愚見
 投稿者---愚者氏(2002/08/29 21:13:39)

 はじめまして。愚者と申します。ふざけたネーミングですが、どうぞよろしく。たまにですが楽しく拝読させていただいております。
 私は東京の学生ですが、今は夏休みなので香川の実家に帰省中です。

 さて、和寒様と栗栖様による一連の不毛な論争を見るにつけ、とても心が痛みます。僭越ながら割り込みのうえ、愚見を述べさせてください。

 要するに、栗栖様は御子息の事例を一般論に拡大しようとしておられる。そこに交通論としての根本的な無理があります。
 栗栖様が本当に論じたいのは御子息のことではないのですか? おそらく、明確に意識されているわけではないでしょう。しかし、第三者の目から見ると、そのようにしか見えないのです。

 失礼かもわかりませんが、私はそうは思いません。 
 ここでちょっと試算してみましょう(計算違いなどありましたら随時ご指摘を)。
 私の実家は香川県最西端の豊浜という田舎でして、すぐ隣は愛媛県川之江です。
 そこで、大人5人で実家から姫路まで行くための費用を計算してみます。
 まず自家用車利用の場合。大野原インターから松山道、高松道、瀬戸大橋、山陽道を経て姫路西インターまでの通行料は、普通車で7,800円。加えてガソリン代が少々かかりますが、一般にガソリンというのはスタンドでまとめて補給するものですから、各交通行動において逐一交通費に計上はしないと思います。
 いっぽう列車利用の場合。実家の近くで特急の停車する駅というと川之江駅または観音寺駅ですが、より近い川之江駅を利用すれば、「しおかぜ」&新幹線経由で姫路へ向かうと、運賃は3,490円。そして「しおかぜ」の自由席特急料金が570円(乗継割引適用)に新幹線の自由席特急料金が1,680円となり、しめて5,740円となります。これが5人分ですと、なんと28,700円もかかってしまうのです(もちろん家族連れであれば、小児運賃や学割運賃によりもう少し安くはなるでしょう)。
 ましてこのケースではバカ高い瀬戸大橋の通行料が含まれており、本四連絡橋を使わない場合だとこの差はもっと縮まるはずです。
 マイカーを使い倒すのは決して栗栖様のご令息のみに限った話ではなく、特に低所得層においては至極一般的なことですし、あえて栗栖様がこの場において「一般化」するまでもない常識だと思います。それでも和寒様が「28,700円なんてはした金だ。マイカーを使い倒すのは栗栖様のご令息の特殊な交通行動であり、一般的でない」とおっしゃるなら、それは和寒様がよほど裕福なご生活を営んでおられるということです。
 ただ、和寒様は、少なくとも私のようなアホ学生から見れば立派な「専門家」でいらっしゃいますし、庶民の金銭感覚を身に付けることは必須であろうと考えますが、いかがでございましょうか。ちなみに私の家族や近所、地域の同級生に姫路市街まで自費で行く場合どうやって行くか問うたところ、一部の老人を除いてほぼ100%「車で行く」との回答が寄せられたことを申し添えておきます。
 ただ、栗栖様のほうも、ご令息の交通行動を少々強調しすぎた点は否めません。ここは私も和寒様に同感です。できれば栗栖様ご自身のレポートをお聞かせ願います。

 親たるものは子を擁護してしかるべきでしょう。

 親が子を擁護してばかりいるから少年事件や学級崩壊が多発するのではないでしょうか。
 それに、栗栖様のご令息は40ないし50代でしょうから、親に擁護されるような年齢ではないと思います。

 それをなんですか。御子息の目の届かない場所で批判を繰り返すとは。 

 「御子息の目の届かない場所で批判を繰り返」しているとどうして断定できるのですか。ひょっとしたら栗栖様のご投稿は家族公認かもしれません。

***
 さて、以上長々と述べてまいりましたが、じつは私がここで一番申し上げたいのはそのようなことではなく、次のことです。
 私が最も心を痛めているのは、和寒様と栗栖様がお互いに「言論弾圧」に及んでいらっしゃる点です。
 栗栖様は「別のページに移られてはどうか」とおっしゃるし、和寒様のほうも「掲示板活動の一切を停止すべき」などと勧告されています。私はこの点が残念でならず、かつ納得できないのです。

 そもそもホームページの運営権はほかならぬ管理人様に帰属するものであり、各投稿を管理するのは管理人様の専権事項のはずです。したがって、何らかの正当な理由により、管理人様が特定の投稿者の投稿を禁じたり、特定の投稿を削除したりするのは当然だと思います。
 しかしながら和寒様も栗栖様もこのページにおいてはともに一介の投稿者にすぎず、特定の投稿者に対して投稿しないよう勧めるというのは越権行為であるばかりか言論弾圧にあたるのではないでしょうか。言いたいことがあれば堂々と反論すればいいではないですか。「反論」と「言論弾圧」はまったくの別物のはずです。和寒様も栗栖様も、あらためてお考え直しくださるよう切に希望します。

 さらに、和寒様の

 今までに栗栖様が記されてきた栗栖様の軍歴や家族関係が真実であるならば、

とのご発言は、私から見れば明らかに礼を失しています。人の経歴に公然と疑いをもつというのは栗栖様に対する侮辱以外の何物でもないように思います。
 たとえば和寒様のホームページ「以久科鉄道科学館」にある

生まれ 首都圏
育ち  北海道
現住所 本州南部
職業  日本鉄道施設協会会員・日本鉄道技術協会会員・土木学会会員・日本地域学会会員

という経歴につき、私が

「本当に首都圏生まれなのか」
「本当に北海道で育ったんだろうか」
「本当に本州南部にお住まいなんだろうか」
「学会会員の肩書きを詐称しているのでは」

などと疑いをもったら、和寒様はどういうお気持ちになられるでしょうか。

 私はアホ学生ですし、皆様の博識に到底かなうはずもなく、今まで投稿は一切せずにただ傍観しておりました。しかしながら和寒様と栗栖様のほとんど子供のケンカとしか思えない不毛な論争にはどうしても我慢ならず、とうとうここに投稿してしまった次第です(その点、エル・アルコン様の文章は私情を挟むことなくじつに淡々としていて、それでいて説得力があり、正直尊敬しております。決めゼリフ「失当です」は最高ですね。私もかくありたいものです)。

 ご両人ともいったん頭を冷やされ、やたらヒステリックに激昂することなく実りある交通論議を交わしていただきますよう心よりお願い申し上げるとともに、今後のより一層のご活躍を強く期待しております。

 ではさようなら。

失礼を省みずに述べさせて頂きます
 投稿者---エル・アルコン氏(2002/08/29 23:35:02) http://6408.teacup.com/narashinohara/bbs

 和寒氏が礼を失するとまで書かれることをおそらく覚悟して書かれたこの一文、実は私も抱いていました。

 この掲示板の趣旨とは明らかに反しますが敢えて述べますと、責任ある書き込みと議論の前提として、そこに述べられていることが「真実」であることは実りある議論をするうえでの大前提です。然るになぜここで敢えてここまで言いきるか。以下、私が抱いてる疑念を述べますので、それでもこの発言が礼を失するのか、よくお考え下さい。

●疑問点その1
 栗栖氏はNo.625の投稿で本掲示板にお目見えしておりますが、その際にお父上や伯父上様のお話をされておりました。しかし、No.639で戦時体験と奥様に先立たれた話を語られておやっと思っていました。
No.640において、No.625の内容の「家族」が「戦友」、「伯父」を「甥」、「父親」を「息子」と改めるという書き込まれましたが、普通に考えて家族構成、しかもご自身の直系の上下を取り違えるということは、たとえご自身が「わたしは呆けかかった老人であり、細かなミスはご容赦願いたい。」とおっしゃっても俄かに信じられるものではなく、その一点だけとっても疑念を持たれてもいた仕方がないと考えます。

●疑問点その2
 栗栖氏はご自身の軍歴について語られるようになりました。例えばNo.639の投稿で「私はかつて陸軍自動車学校で自動車の運転を覚え、トラックに上官や部下を乗せて南方のジャングルの奥地を走り回ったものだが」とありますから、通称としての陸軍自動車学校は昭和15年に陸軍輜重兵学校に改組されてはいますが、そういうご経験があったのかと思いました。

 しかしながらNo.651の投稿で、「さて、小生はかつてあの今村均中将率いるジャワ攻略戦に加わったことがある。ジャワ北東部のクラガンというところに敵前上陸し、一気にジャワを突破して軍港チラチャップを攻め取るという大作戦だが、上陸の際アホな部下がトラックにガソリンと間違えて軽油を入れてしまい、小生ともども上官からこっぴどく叱られたものである。」と、有名なジャワ攻略線への従軍されたと具体的に語られています。

 ところがこの表現に見覚えがあるのは私だけではないと思います。この記載、実は小林よしのり氏の「戦争論」に出てくるエピソードと全く同じなのです。題材になったのは栗栖氏ではなく、山口県柳井市出身の高村武人氏(故人)であり、そこにはクラガンに敵前上陸し、チラチャップへ進軍する行程と、上陸時にトラックの給油を間違えたくだりも全く同じに書いてあります。
もちろん、栗栖氏が高村氏と同じ部隊にいれば問題は無いのですが、小林氏の「作品」としての描写には、実際に従軍していれば間違いようの無いはずの誤りが含まれているのです。

 実は蘭印作戦(ジャワ島攻略)は、「軍港チラチャップを攻め取る大作戦」というケチな作戦ではありません。マレー攻略を経て、今度は「西のバタビア、バンドン。東のスラバヤという蘭印軍の拠点を攻め取る大作戦」が史実であり、チラチャップ進攻は補助的な作戦にすぎません。
 クラガンに上陸したのは第48師団と高村氏が所属する陸軍第56師団(久留米)の第56歩兵団司令部と第146連隊(大村)で構成される坂口支隊であり、主力の第48師団は重要拠点のスラバヤへ向かい、チラチャップに向かったのは坂口支隊だけでした。
 ちなみに「戦争論」では、ジャワ島攻略はボルネオのバリクパパンから3個師団+1個旅団の進攻となってますが、実際には仏印のカムラン湾を出た第2師団と1個支隊とでわかれて進軍しており、兵力は2個師団+2個支隊(旅団より少し小さい)です。
 ちなみに第16軍本部で指揮を執る今村中将は第2師団におり、「ジャワ攻略戦」を語るのであれば、司令官である今村中将のルートを代表するのが通常でしょう。その上で、「同時に行われたクラガン上陸で...」という認識が自然かと存じます。

***
 以上、私の乏しい知識とデータから、私が抱いている疑問を失礼を省みずに申し上げましたが、チラチャップに向かった坂口支隊はその後所属のビルマ方面軍に復帰後、その連隊は確かインパール作戦に続く撤退戦で雲南南部において玉砕しております。
 「戦争論」においても第56師団は「龍師団」と呼ばれた精鋭とされていますが、そのような軍功輝かしい部隊に所属していたのであれば、まさに尊敬すべき方ですが、残念ながら上記の疑念を抱かざるを得ない状況で考えれば、もし万が一にもこの輝かしい部隊に所属することなく名乗っていたとしたら、我々の父祖の世代を傷つけたことになります。
私はもちろん戦後産まれですが、父、そして故人となった祖父は戦前産まれで、戦前、戦中の話を直接聞いて育っております。近親者にも戦争経験のある方は多かった(多くは今では鬼籍に入りましたが)ですし、家に軍装の遺影がある家庭も多かったです。おそらく和寒氏も同じような体験がある世代なんでしょう。ですから敢えてあのような表現に出でたのかと忖度致します。

 先に道路板のNo.285で「大村連隊に所属云々」と書いたのも、坂口支隊所属であれば、支隊を構成する第56歩兵団司令部か第146連隊所属であり、歩兵団司令部は昭和16年の戦時編成での定数がわずか将兵89名、車両8輌であり、敵前上陸して進軍するよりも司令官である坂口少将の本営として機能したはずであり、第146連隊に所属していたと考えての問いかけでしたが、お判り頂けたのでしょうか。

 このような書き込みはまさにこの掲示板の趣旨に照らし合わせると、いや、他人に疑いの目を向ける時点でまさに失当なんですが、愚者様がそこまで書かれており、もしや居間までの事情や内容をご存知無いのであればと思いまして、敢えて書かせて頂きました。
 管理人様には、取り敢えず愚者様、またもし叶うならば栗栖様にお目通し頂けた時点で、掲示板にそぐわない書きこみとして消去して頂ければ幸いです。

≪管理者投稿≫本スレッドに関する管理者見解
 投稿者---551planning@おさぼり管理人(2002/08/30 01:13:41)

 【検証:】サイトを御覧の皆様、おさぼり管理人の551planningでございます。皆様には当掲示板群の快適な議論スペース維持に御協力頂きまして誠に有難うございます。
 この投稿をするにあたり、愚者様のお言葉をお借り致しますが、誠に心苦しいと申しますか、非常に残念な気持ちを抱いております。なお、管理者である当方の判断が結果的に後手後手になり、皆様に御迷惑をお掛けしたことについてはこの場を借りましてお詫び申し上げます。

***
 本スレッド、No.305(無礼の段はお詫び申し上げます/しかし強く勧告いたします)において名指しによる批判が展開されている件につき、管理者としては基本的に対応しない方針でおりました。被指弾者の表現活動自体に問題ありと投稿者はされておられますが、客観的に見て問題なしとすることはできなくとも、管理者という立場から半強制的な接続禁止措置(要請)について言及することはふさわしくないと考えたためです。これは被指弾者の一連の投稿自体は例記云々、バックボーンは別とし、基本的に交通論が底流にあると認められること、さらに当該投稿についてはもはや交通論になじまない範疇の(人格攻撃的な)議論展開への導入と捉えられる以上、むしろ投稿文削除を含めた対処検討の余地すらあるものと考えます。
 ただし、他の方からの指摘にもあるように、被指弾者の『詐称疑義』はもはや掲示板運営に支障を及ぼしかねない状況になりつつあるとも昨今その思いを強くするものでした。よってむしろ被指弾者氏による明快なる反論を期待して、当該投稿はそのままとさせて頂いております。

 なお、当該投稿について投稿者から管理人である当方に直接連絡を頂き、私見を交わしていることを申し添えます。その上で管理者である当方が云々するのは現段階において適切ではない、被指弾者御本人からの何らかの反応があり次第、管理者として積極的な対処を執る旨を考えておりました。

***
 愚者様には種々お考えの上での御投稿であったと推察致します。確かに仰られるとおり、「不毛な論争」かもしれません。この状況を放置した管理人にも責任がございます。真摯に受け止めさせて頂きます。
 一方で「言いたいことがあれば堂々と反論すればいいではないですか」との御発言、至極当然として、一連のスレッドの流れを冷静に読めば何か感じ取られるものがあるのではないか、とも当方こそ愚考するものであります。

 安全な掲示板運営上、投稿者のリモートホストが取れるようになっています。それを見ると、単なる偶然でしょうか…と思いました、率直な意見として。

***
 本スレッドについてはこの管理者投稿を除いた部分についてすべて過去ログに収録の上、8/31までに本掲示板上からは削除致します。本スレッドそのものの議論につきましては同日まで受け付けるものですが、管理者見解および当掲示板の運営に関する御意見、関係者個人の誹謗中傷等の投稿は即時削除致しますので、御意見のある方はメールをお送り下さい。

2002.08.30 【検証:近未来交通地図】管理人 551planning

SAとPA
 投稿者---エル・アルコン氏(2002/09/10 16:06:34)
 http://6408.teacup.com/narashinohara/bbs
─大都市圏の大規模PAは名称をSAに、他
 └SA/PAのニーズ
  └SA、PAに思う

 高速道路には基本的にパーキングエリア(PA)とサービスエリア(SA)の2種類の休憩所があります。
 PAはトイレと売店(軽食)だけ、SAは給油所とレストランと案内所もある大掛かりなものというのが利用者のほとんどが抱いているイメージですが、最近はそのボーダーが怪しくなっているのも事実です。

 東京近郊ではPAとはいえレストランがあるケース(中央道上り石川、東名上り港北)や、案内所があるケース(関越下り三芳、東北上り羽生)もありますが、地方に行くと案内所もレストランも無いSAがあったりと、名前で判断すると大失敗するケースがあります。
 給油所についてはSAは基本的に全部あり、PAは乗り継ぎの関係でSAがしばらく無いようなケース(中央道内津峠など)に追加設置なので、利用者にとって嬉しい誤算?ですが、あると思っていたものが無いのは困りものです。

 また基本施設は備えていますが、改修が遅れて近隣の綺麗なPAよりしょぼいSAも見受けられ、利用する側にとってはしんどいものです。
 よく、PAやSAに競争させればサービスがよくなると言われ、実際、ハロースクエアとジェイサパの両団体に分割しましたが、利用者にとって使うPAやSAを決めるのは行程であり、綺麗だからといって入ってすぐのSAに入り、あと4時間運転しっぱなしということはありません。
 たまの長距離ドライブでも決めるのは行程の都合であり、この辺で休みたい→SAがあるな→入ろう→レストランとかが無いじゃん!ということになるのです。

 ものすごく豪華なSAやPAもいいんですが、せめて設備の種類だけは揃えて欲しいですし、レベルもある程度揃えてもらいたいものです。

大都市圏の大規模PAは名称をSAに、他
 投稿者---Tom氏(2002/09/10 20:51:53)

 確かに地方に行った際など、案内パンフを入手したいからとSAに入ったにもかかわらず案内所自体がないこともあるなど、困ったものです。
 逆にエル・アルコンさんがあげた関越道三芳PAは改修工事を行った際、GSやレストランまで備えたり、駐車場も大規模だったりと、SAとしても第一級ですね。
 三芳などは名称をSAに変更すると同時に、地方のSAの内レストランやGSなどがない所はPAに格下げしてほしいものです。

 よく、PAやSAに競争させればサービスがよくなると言われ、実際、ハロースクエアとジェイサパの両団体に分割しましたが、利用者にとって使うPAやSAを決めるのは行程であり、綺麗だからといって入ってすぐのSAに入り、あと4時間運転しっぱなしということはありません。
 たまの長距離ドライブでも決めるのは行程の都合であり、この辺で休みたい→SAがあるな→入ろう→レストランとかが無いじゃん!ということになるのです。

 この点については、行った事のない地域に関してはその通りだと思いますが、頻繁に行き来する箇所については、同一エリアであれば「綺麗なところ」「空いているところ」「設備の整っているところ」などニーズに応じて選んでいるものと思います。
 そういった意味では競争促進効果というのは全くないわけではないと思います。

#「空いている」というのは、トイレなど最小限の用事をすませるケースが多いので競争は誘発しませんが、そういう客だと停車してもおカネは使ってはくれません。

sapa

 最低基準位はきちんと規定してほしいものです。ただ、こういったことを公団任せにするとまた経費がかかりそう。
 ユーザー同士で情報交換し、サービスの良くない/設備の劣るSA/PAなどを使わないようにするのが最も有効かつコストがかからない訴求法かと思います。
 そういうサイトも探せばありそうな気がします。

SA/PAのニーズ
 投稿者---551planning(2002/09/11 02:32:58)

 冒頭写真に即した御議論、管理者として非常に嬉しく思います。

 基本線はエル・アルコン様、Tom様と同じく。結局SA/PAに何を望むかというところでは、最低ラインの設備提供(洗面および湯茶、道路情報ないし軽食販売)の維持と、ことPAにおいては接遇面での向上というところでしょうか。
 その意味において大都市圏でのSA改修は「接遇面での向上」=カネになるよ、という素直な現れであり、ファミリー企業云々の前にあるべき方向性ともいえましょう。一方で表面的格差の拡大は否めず、SA/PAという名称での括り自体が微妙になりつつあるのかな、という気もします。
 昔は「ドライブイン」今は「道の駅」と、道路にまつわる休息スペースの変化は「商業化」という視点にとどまらず幅広く注目したいところです。

「道の駅」やサービスエリアの商業化に死角はないか log508.html#5

 ユーザー同士で情報交換し、サービスの良くない/設備の劣るSA/PAなどを使わないようにするのが最も有効かつコストがかからない訴求法かと思います。
 そういうサイトも探せばありそうな気がします。

 おそらくあるでしょうが、とりあえず御覧の皆様による「SA/PAミシュラン」でも如何でしょうか。
 当方は印象に残っているのは、丁度トップ写真の東北道羽生SA(上り)、中央道談合坂PA(上り)、北陸道徳光PA(ハイウェイオアシス 松任海浜公園)、瀬戸中央道与島PAあたりかな。定番の東名海老名とか足柄とかは、あんまり印象が…。

***
 蛇足ながら、今FM NACK5(埼玉のFM局)で流れるCMに関越道上里SAのものがありますが、これって珍しいのでしょうかね。その枠は(勿論?)西武鉄道関連なのですが、HELLO SQUAREのサイトでも『日本屈指のリゾート地“苗場”“軽井沢”の玄関口』的に書かれているとなると…。
 私鉄系の企業が実務運営体となっているSA/PAも多いですね。しかも「ここにもか」というところにあったりしますが、相当実入りがいいのかな?

J-SaPa (財)道路サービス機構 http://www.j-sapa.or.jp/index.html
HELLO SQUARE (財)ハイウェイ交流センター http://www.hello-square.or.jp/

SA、PAに思う
 投稿者---エル・アルコン氏(2002/11/09 23:50:49) http://6408.teacup.com/narashinohara/bbs

 先日利用した山陽道三木SA(上り線)で感心するシーンを見ました。

 レストランに入っていたんですが、夕食時とあって食券売り場に長い列が出来、店内もオーダーがなかなか上がらないようで店員もてんてこ舞いでした。
 そうした中で乳児を連れた5人家族がようやく空いた4人掛けの席に案内されたんですが、突然マネジャーらしき人が出てきて案内していた店員を注意しました。
 どうやら6人席が直後に空いたようで、そちらに案内するようにという指示でしたが、見ているとその後もその人はレジに立ったりお膳を下げたり、子連れに子供椅子を用意したりと立ち回ってます。店員も食券を購入した客をすばやく案内しており、食事が出るのが遅れている客には一言掛けるなど、忙しい中にもレストランとしての矜持を保っている様がうかがえました。

 あとでメイン部分に立ち寄った際、先程の人がレストランのマネジャーということが分かったのですが、レストランの経営は宝塚ホテル、さすがに阪急の暖簾といったところでしょうか。メニューもホテルメニューの洋食から和食まで手頃な値段であり、出てくるのに手間取りましたが味は良かったです。感心したのはセットにして単価を上げがちな麺類も単品で提供していることでした。

●供食体制に思う
 高速道路に欠かせないSA、PAですが、最近長距離ドライブをする機会が多いせいか、SAのレストランをよく利用するようになりました。以前はスナックコーナーで手軽に済ませたり、弁当持参ということが多かったのですが、長距離だとやはりしっかりしたものを食べたくなりますし、長いドライブゆえ落ち着いて食べたいという思いもあるからです(弁当を2食作るのもしんどいし)。

 まあ以前は「高くて不味い」というイメージに引きずられてましたが、利用を重ねるうちにファミレスよりもコストパフォーマンスが良い(さすがにガストクラスの安さには負けますが)ことに気が付きました。なによりもSAはスナックコーナーがあるため、レストランはゆっくり食べる客、と棲み分けがなされており、またメニューのほうも全国のコンテストなどをはじめ、だいぶ研究が進んでいるようで、定番メニューのほか季節メニューもあるため、同じSAでも飽きが来ない仕掛けになっています。

 スナックコーナーは一転してなんでもアリの世界ですが、それでも精一杯の工夫はあるようです。もっとも、未だにエリアを上げての「ハズレ」はあるのがネックで、敢えて実名は挙げませんが、相当なキャッチアップを要するエリアがあることも確かです。

●子供とバリアフリー
 SAの良いところは無料の湯茶とベビーベッドです。後者はさすがに家庭を持つまで気付きませんでしたが、子供のオムツ替えや着替えにはありがたく、狭い車内で異臭に耐えながら(爆)無理な姿勢でオムツ替えに励む必要から解放されます。
 強いて言えばミルク用のお湯の提供ですが、レストランだと気軽にポットを預かって適温のお湯を用意してくれますが、案内所周りだと給茶機の熱いお湯を何杯も注がないといけないこと。できれば案内所が開いている時間だけでも案内所に適温のお湯を用意して頂けるといいんですが。

 これらの乳児用の施設、見ていると結構利用されています。障害者用の施設も同様であり、鉄道にこの手の対応が全く無いに等しかったり、そもそも乳児や障害者の利用を見ることが道路に比べて相当少ないのをみるにつけ、暗澹たる思いに囚われます。
 観光地や商業施設といった目的地には当然ある設備で、アプローチにおいて道路にあって鉄道に無い、という状況が何を意味するのか、分かっているのでしょうか。

●民営化で良くなるのか
 さて、民営化すればSA、PAはもっと便利に、という声が大きいですが、実際に利用していて思うのは、基本的な利用でこれ以上何をどういじるのか、という疑問です。
 中には勘違いも甚だしく酒類の解禁とか言ってる向きもありますが、これは論外で、今ですらバスの中で相当でき上がっている団体客の行動に眉を顰める向きが多いのに、それが激化するばかりか、やはり飲酒運転の誘引になることは必至です。

 気になるのは海老名、足柄や談合坂のように近年改装が済んで多角化が進んだSAの場合、どうも休憩スペースにしわが寄っているようで、利用の多さの割りに椅子が少なく、結局食事を摂らない限り休むのは車内という破目になります。
 それでも地方のSAのように公園仕立てになっていれば外で休めますが、雨降りとかを考えるとやはり一定の休憩スペースは欲しいものです。

 レストランも各社が競い合ってといいますが、では民営化の先輩格のJRはどうでしょうか。駅構内のレストランは、と考えましたがどう見ても「食堂」レベルしかなく、ファミレスのほうがマシでしょう。SAはその選考過程への疑念があるとはいえ、地元や沿線の有力企業が競っていますが、駅の場合はとみると、どこへ行っても系列の供食サービス会社だったり、地場企業に系列会社が出資して傘下におさめていたりという画一化のほうが目に付きます。
 だいたい、例えば民営化で構内営業もサービスの競い合いが、というのなら山手線の駅蕎麦が、かつては駅ごとに違う暖簾だったのがNREの「あじさい」になったり、暖簾は違ってもNRE傘下だったりという画一化はどう説明するんでしょうか。ばら色の未来を語る前に、まず目の前の事実を説明して欲しいです。

●問題点も...
 SA、PAについても問題はあります。先述の要改善の供食体制が残る点はさておき、同じ休憩目的でも、本質が違う休憩をどう並立させるかです。
つまり、ドライバーにとってのヒーリングスペースという目的と、閉鎖空間で足腰が疲れた団体客にとっての解放スペースという目的です。
 本来、SAやPAの設置は、事故防止の観点もあり前者が主目的のはずです。しかし、昨今の「改善」は後者をターゲットにしており、ゆえに騒々しさや休憩スペースの縮小など、前者の目的達成が妨げられている面が否定できません。

 SAのサービスとして優れていると感じる湯茶サービスも、団体客が結構それこそ文字どおり湯水のように使うことで、コスト負担は相当苦しいはずです。このあたりは「マイカップ」をカー用品化して定着させ、紙コップは案内所で手渡しというようにすれば無駄も無くなると思いますし、現在の小さすぎて車内に持ち帰れないし、給茶機から取る際に火傷しかねないサイズでの提供よりはマシかと。

 団体客については、現在バス用の駐車スペースを大型用と一括りにして小型車の後方に配しているエリアがほとんどです。このため、バスから降りた客がクルマの通る通路を切れ目無く横断しており、通行の円滑化に反しますし何よりも危険です。
 このあたり、エリアの建屋の前後の離れた部分に切り欠き式のバスベイを設け、前方から突っ込む形で駐車させるシステムはどうでしょうか(バック発車だがガイド=車掌がいるので問題無し)。
 これにより車道を横断せずにエリア内の移動が可能になりますし、その周辺に専用のトイレを設置することで、お茶とパンフだけというようなドライバーの休憩の妨げにしかならないような客を自然とオミットできます。

 あとは、盆暮れや連休など超多客期には誘導員を置いて欲しいです。スペースが無くてやむなく逆走といった危険行為を強いられるケースも多々ありますし、適切な誘導があればスムーズに流れ、ひいては空き待ちのクルマが本線に溢れるような事態の回避にもつながりますから。

 細かいところではETC関係で、非ETCから乗った通行券情報をETCカードに移植できるシステムが欲しいです。山陽道はともかく、中国道は佐用以西はほとんど対応しておらず、そちら方面から入ってももっとも威力を発揮する山崎本線バリアや吹田などの出口で一般扱いになってしまいます。
 逆に本四が使えないため、神戸あたりからだと第二神明の渋滞を避けるべく布施畑や神戸西から山陽道にアプローチしようにも非対応という悩みがあります。
 これがSAで通行券を入れたらETCカードに入力というように出来れば飛躍的に便利になるんですが...(通行券はその場で回収すれば不正使用は出来ないのでは)

乗鞍ラストドライブ
 投稿者---エル・アルコン氏(2002/10/09 17:42:49)
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─乗鞍・マイカー規制元年

 標高2700Mあまり、日本一標高の高い道路として名高い乗鞍スカイライン(岐阜県丹生川村平湯峠‐畳平)が、昭和48年の開業以来30年の償還期間を満了し、来年平成15年のシーズンから無料開放されることになりました。
 これに伴い現在も無料の長野県側の県道乗鞍岳線(エコーライン:乗鞍高原鈴蘭‐畳平)と合わせて乗鞍岳を巡るドライブウェイが無料化となるはずだったのですが、環境保護を理由にバス、タクシーのみ乗り入れ可という上高地スタイルのマイカー規制が、スカイライン、エコーラインとも敷かれることになりました。

 いかに自然保護という大義名分があるとはいえ、建設費用償還のための通行料金を支払い続け、ようやく償還と思ったら通行禁止というのはだまし討ちであり、非常に後味が悪いのですが、規制後のありかたについては、先輩格の上高地のメリット、デメリットをよく踏まえてマイカー利用者、公共交通利用者ともに満足するスタイルを確立して欲しいものです。

 なお、乗鞍スカイラインは昭和48年に「開業」していますが、実はこの道、戦争中に陸軍が畳平に高高度用エンジンの研究用に航空研究所を建設した際の軍用道路に端を発しており、戦後の昭和23年から濃飛バスが登山バスを走らせている歴史があります。その後道路は改修され、昭和48年に2車線の舗装道路「乗鞍スカイライン」としてリニューアルオープンしたのです。

 例年5月15日から10月31日までの営業(エコーライン側は7月1日から10月31日まで通行可能)で、この10月31日をもって平成14年度の営業が終わります。そして半年以上の冬季閉鎖が明けるとマイカー規制ということで、10月31日がマイカーで乗鞍に入れる最終日となりました。
 なお、10月に入ると降雪・積雪を記録することもあり、状況によってはそのままなし崩し的に冬季閉鎖に入る可能性もあります。実際、この10月8日に乗鞍は初積雪とそれに伴う通行規制を記録しています。

 以下、長くなりますが最後の乗鞍を走った記録と所感におつきあいください。

ラストドライブ1日目

 10月5日の早朝、神戸を出て阪神高速、名神、中央道を走り継いで中津川ICへ。ここから木曽路を辿って長野側から乗鞍にアタックするロングドライブの始まりです。中津川市街をバイパスしたR19が2車線になると左手下方に木曽川が並走します。岐阜・長野の県境を越えると木曽路で、飯田へのR256を進めば有名な妻篭宿があります。秋の行楽シーズンではありますが交通量は少なめで、中央西線のように寝覚ノ床こそ見えませんが、その名残のような巨石が河原に点在する木曽川を見やりつつ、スムーズに流れて上松町へ。有名な木曽の桟(かけはし)もR19がトレースしているので走っている限りは見れないジレンマです。

 上松の元橋交差点で御岳方面に曲がります。木曽路のR19は要所要所にスキー場や観光名所を案内する統一デザインの看板が整備されており、目的地傍のこの手のランドマークを把握していれば楽に進めます。乗鞍へ真っ直ぐ行くなら薮原まで進んで県道を奈川村へ抜けるのが近いのですが、取り敢えずせっかくの遠出ですから少し寄り道を考えています。最後の年ということで乗鞍の混雑は例年になくひどく、午前中だと畳平まで6時間かかったとかいう話がざらであり、それならば登山客が引き揚げる午後に登ろうと考えたため、時間調整もかねています。
 御岳ロープウェイの看板が見え、もう一つの3000M級の名山、木曽御岳も欲張ろうかと考えましたが、天気はまあまあとはいえ高曇りで今一つ視界も利かない感じで、まあこれは又の機会にと三岳村を通り過ぎ、開田高原へ向かいました。

 第一の目的は開田高原にある御嶽温泉ですが、あろうことか案内看板を見落としてしまい、走るうちに開田高原の外れ、R361との合流に着いてしまいました。温泉を諦めそのままR361に入り、長野・岐阜県境の長峰峠へ。ここは平成9年冬のR158安房トンネル開通までは、中津川‐下呂のR256にある付知峡の塞の神峠と、日本海に面したR8の親不知の間で冬季唯一閉鎖にならない峠でした。
 峠自体はさほどの隘路でもなく、岐阜県高根村側に下ると「チャオ御岳スキー場」の看板が。JRCが力を入れているスキーリゾートですが、まさか峠の向こうとはというシチュエーションで、高山線久々野あたりからのアクセスの方がバス区間は短かそうです。

 飛騨川の支流をせき止めた高根第一ダムのダム湖沿いは改修が進んでおり、2年前に同じように木曽福島から野麦峠に抜けた時にはT字路を右折した分岐も新しいトンネルと橋が掛かりR361が直進です。ここを右折して野麦峠へ。今でこそR158が諏訪と飛騨のメインルートですが、梓川の電源開発でR158が拓かれるまではこちらが本街道でした。峠を上り詰めるとそこは「野麦峠の館」などがある小公園でした。見返ると乗鞍岳がそびえ、有名な「あゝ野麦峠」で感涙を絞った「あゝ飛騨が見える」の世界です。
 明治期、諏訪の製糸産業に就職した飛騨からの女工が数多く行き交い、様々なエピソードを残していますが、峠の碑文を見ると、初期こそ借金のカタに奉公といった女工哀史の世界ですが、後には主力産業への就労ということで、ロクな産業の無い飛騨を後に自ら峠を越えたというのが真相のようです。
 この峠の交通が止んだのは昭和9年の高山線の開通を待たねばならず、奇しくも平成の9年、安房トンネルの開通と合わせ、飛騨の夜明けとされています。

 峠を下ると長野県奈川村。中腹の集落までは奈川村営バスが来ているようです。二又トンネルで有名な奈川渡まで進まずに上高地乗鞍スーパー林道へ入り、乗鞍高原の鈴蘭まで短絡します。梓川の支流が刻む谷筋をショートカットする林道は全線舗装。林間コースは思ったほど視界が利かずただカーブを切るだけといった感じです。
 一の瀬まで来ると高原の公園が開けていますが先を急ぎます。思ったより時間を食って14時近く、真っ直ぐ畳平に向かわないと、17時といってある宿への到着に遅れます。
 鈴蘭の観光案内所前の十字路で白骨から上高地に向かう林道から左折してエコーラインへ。いよいよ乗鞍に挑みます。

 冬場はここが終点で、ここから先は乗鞍高原スキー場になります。カラマツ林を回りこんで国民休暇村を過ぎて登りますが、スキー場の南端をトレースしている段階です。急に視界が開けると三本滝のレストハウス。ここから畳平までは7時から18時までの時間規制が敷かれており、来年からはここがマイカーの限界点になります。
 だいぶ登ったように見えて、リフトの支柱が出迎えることから分るようにここがスキー場の頂上です。実は9年前の冬に滑りに来たことがあるのですが、標高1500Mクラスは半端な寒さでなく、1本滑った直後に売店に駆け込み、マスクや耳当てなどの防寒具を買い込んだ苦い想い出もあります。おまけにそこまでしても空気が冷たすぎ、しもやけ気味の気管支炎を起こしましたし...

***
 もう登るクルマも少ないと思っていたんですがまだまだ多いです。おまけに下るクルマも多く、離合が難しい狭い道に加え、ヘアピンカーブが続出するので大変です。2台前と数台前を行くクルマが車幅感覚が取れておらず、後ろから見たら楽勝ですれ違えるのにいちいち停止したり、何でもないところで止まったりと運転がなってません。おかげで後続は思いもしないところでの急停車を余儀なくされますから散々というより危険で、最後だから来たいと言う気持ちはわかりますが、最小限の技量は持ってから来て欲しいものです。

 見上げると頂上近くのエコーラインが見えますが、芥子粒のようなクルマの列が見えます。あれが畳平とおぼしきあたりの車列は動いているので目論見通りと思いつつも、目の前の下手糞は何とかならんのかと思いながら登ります。ところが冷泉小屋のあたりで渋滞気味になり、ヘアピンカーブを幾つも切った位ヶ原山荘で完全に渋滞になりました。じわりじわりと進む中、痺れを切らせて引き返すクルマもちらほら。乗鞍を越えて奥飛騨や高山に抜けるつもりだったのでしょうか、タイムアップのようです。

 このあたりは紅葉が綺麗で路駐も多いので、下山するクルマとの離合に手間取るのも渋滞の原因のようです。路駐は論外とはいえ、せっかくの絶景を見たいのも人情です。ただ、停めるにしても作法って言うのがありますから、比較的邪魔にならないように停めればここまでひどくはなりません。ひどいケースを例示すれば、すでにクルマが停めてある対角、ヘアピンカーブの出口の外側、大型がいちばんオーバーハングする箇所など、少し考えればわかりそうなものですが...
 大型と言えば、エコーラインでは大型は午前中登り、午後下りの一方通行となっていますが、小型バスが何台か登っているのが見えます。ここに下山の大型バスが鉢合わせしますから最悪で、下り側もバスを先頭に何十台もの悌団を組んでの下山です。

 遅々とした動きの中、ようやく森林限界に達しました。ダケカンバの密度が薄くなり、下草のようなハイマツがやがて地面を覆い、高山植物の世界に入ります。視界を遮る木々が消え、周囲が開けるとそこは木曽御岳から北アルプスへの名峰が目に飛び込んできます。
 細かいカーブを3つほど切ってヘアピンカーブを切ると、いよいよ大雪渓。夏スキーのメッカですが、ひと夏が過ぎた状態では雪もほんのわずかで、スキーヤーもいません。過去の体験ですと大雪渓でのスキーヤー渋滞がひどかったのですが、このまま畳平まで行くようです。
 右手には槍・穂高がそびえ、眼下には上ってきたエコーラインのうねる様が見えます。緑の中に黄色や赤の紅葉が点々とする様はなんともいえません。

 大雪渓からの最終コースは南側の断崖を這う道です。崩落面を縫うルートで、路肩や法面の補修が絶えないようです。そんな1箇所は1車線ギリギリの区間での作業となっており、なんと交互通行です。どうやら激しい渋滞はこれが原因のようで、どうりでその先の畳平への区間が動いているはずです。
 畳平へ抜ける鞍部が長野・岐阜の県境で、標高2715Mの日本の道路最高地点です。ゲートを越えると鶴ヶ池が左に見えますが、鶴の形どころかほとんど水がありません。スカイラインとのT字路でスカイライン側を見るとクルマの姿など無く、これなら奈川村から奈川渡〜沢渡〜安房トンネル経由で大迂回した方がよほど早かったようです。畳平の駐車場に入ったのは16時半。2時間半の奮闘でした。

 取り敢えず手近な魔王岳に登り、暮れ行く槍・穂高を眺めました。雲海こそありませんが蒼く暮れゆく山並みは目の前にありながらリアリティの無い絵のような感じです。
 下るともう土産物屋も閉まっており、管理事務所のクルマが「18時に山頂、山麓のゲートを閉めるので、直ちに下山してください。下まで30分は掛かります」とスピーカーで叫んでします。見るともう17時半で、畳平滞在1時間でエコーラインを駆け下りました。夕暮れは森林帯に戻ると夜の闇に変わり、山麓の鈴蘭は深い闇。畳平から遅れる旨連絡した鈴蘭の民宿に向かいました。

ラストドライブ2日目

 前日夜に電話して取れるくらいの流行らないボロ宿ですが、温泉は立派でくつろげました。
 宿泊客は皆、乗鞍最後のマイカーやバイクでの登山を楽しんでいるようで、朝風呂を使いながらドライブ談義に花が咲くのもいいものです。

 下り坂の天気予報でしたが空は澄み渡り、午前中は大丈夫そうです。8時過ぎに出発してエコーラインに挑みますが、クルマは少なく、うまく行きそうな予感です。南東側斜面なので、朝日を浴びた紅葉が鮮やかで、まさに錦秋という言葉がぴったり。ただ路駐は朝からひどく、位ヶ原ではあたかも渋滞のように片側を占めていました。
 昨日はここから渋滞した冷泉小屋、位ヶ原もすんなり進みましたが、森林限界を超えたところでとうとう渋滞です。昨日はそれでもじわじわと進んでいましたが、今日は大雪渓から畳平方面を見ても動く様子がなく、却って難渋しそうな予感がしました。

 ハイマツの間に見える小さな紅葉は盆栽か坪庭のようです。そして槍・穂高を臨みながらの渋滞ですからまあ気分も楽です。しかし進みは最悪で、断念して引き返すクルマの分だけ進むのも大きいほどで、10分くらいピクリとも動かないあとに100M前後進むという感じです。そのうち止まるとみんなクルマから降りて下車観光をはじめる有り様で、前のほうが進み出すと慌てて戻ると言う繰り返しです。
 もっとも、バイクは渋滞を尻目に進めるので、下から上からお構いなしにやってきます。その数も半端ではなく、路上に出てもけっこう危ないのは困りモノですし、離合が困難な区間ではバイクも待つので、そんなところに出会うとうるさいのなんのって...
 そんな中、天気は容赦無く悪化しており、南斜面からガスが這い上がり、さっきまで見えた槍・穂高も雲の中です。やきもきしますが車列は動きません。

 大雪渓を過ぎた断崖の区間が最後の難関です。今日は交互通行ではないのですが、離合不能区間が続くため、前車の様子を見て、進むか止まるかを判断して通りぬけるので時間を食います。特にすぐ先にブラインドコーナーがあるので、迂闊に続行すると離合不能区間に残る形で止まってしまいます。
 県境まで来るとバイクは駐車スペースに停めてしまうので、クルマだけが畳平を目指す格好です。T字路と駐車場内に誘導員が多数配置されており、スカイライン側とエコーライン側からのクルマを器用にT字路脇の駐車場と畳平終点の駐車場に仕分けており、ようやく駐車場に入ったのは12時半近く、実に4時間を超える行程でしたが、聞くところによるとピークは6時間待ちもザラとのことで、まだマシだったと慰めるしか無いようです。

 T字路でちょうど逆走する形で濃飛バスの路線が畳平に入っていきましたが、後で調べたらどうも9時15分に着くはずの便のようです。バスターミナルに来ると、「遅れていた上高地行きが12時35分に発車します」とアナウンスされてましたが、元便は11時10分発ではなく9時55分発だったようで、もはや無ダイヤ状態です。
 昨日は魔王岳だったので、3026Mの主峰・剣が峰へ、と言いたい所ですが、子供連れのため断念して花は無いけどお花畑と富士見岳周辺を散策し、昼食を摂って下山の途につきました。天気は幸いにも散策中は晴れており、視界もそれなりに利きました。しかし一度翳ると風は冷たいです。空気は澄んで、と言うよりも薄く、子供を抱き上げたりするとすぐ息が上がりました。
 結局畳平滞在は2時間程度で、これがマイカー登山の締めくくりです。

***
 時刻はすでに14時半を回っています。今度は平湯峠へのスカイラインに入りましたが、渋滞の車列はさほどでもありません。
 しばらく桔梗が原の尾根線を走り、そこから平湯峠への下り坂です。松本電鉄の路線バスが道を譲りましたが、乗客ゼロ。さっきの遅れ便もそうですが、いくら何でもと言うくらいの乗客の少なさです。もちろん初便が3時間遅れて昼過ぎの到着というせいもあるんでしょうが、山頂泊の客もいるはずで、ここまで公共交通機関が敬遠されるなかでのマイカー規制も珍しいです。

 森林限界を過ぎて色めく木々が戻りましたが、長野側に比べると彩りが落ちるようです。ヘアピンカーブを繰り返して高度を下げますが、さすがに整備された有料道路だけあって走りやすいです。道路中央に鎮座する夫婦松を過ぎると料金所。普通車1570円(軽・二輪は1100円)はいい値段ですが、それを払うだけ、いや、払う以上の価値はあります。気が利くのは釣り銭用の430円のパックが設えてあること、利かないのは通行券に日付が入っていないことでしょうか。
 岐阜県道路公社では「乗鞍マイカー登山カウントダウン」と称して、8月9月の2ヶ月間、記念通行券の発行などイベントを繰り広げたようですが、今は10月、祭りの後となっています。

 さらに高度を下げて平湯峠。直進すると平湯温泉で、確か夏前まで災害通行止めだったのが復旧していました。左に進路を取って平湯トンネル西口のR158に合流すると里の気配。気温も何時しか上がっています。丹生川村の中心では新宿行き高速バスも停まるバス停に「新宿行き乗り場」と大書きしており、天下の新宿直結への期待と感動が見えます。
 街路が複雑に入り組む高山市街をR158は行きますが、下呂方面のR41、東海北陸道の飛騨清見IC方面へのR158や古川方面のR41へはそれぞれ市街を迂回する県道や主要道に誘導される作りになっており、道なりにR41に出るとそこはもう高山の南の街外れでした。

 登坂車線が完備されている宮峠を越えれば、太平洋に注ぐ木曽川水系飛騨川の流域。久々野では野麦峠やチャオの看板が出てきて不思議な感覚です。山の中なのに渚の道の駅で休憩したあとは、温泉で名高い下呂市街もバイパスで抜けるなど、さすがに二桁国道だけあって走りやすいです。東海北陸道が出来たとはいえ山向こうであり、日本でも有数の高速道路に縁遠い地方ゆえ、R41の整備状況が地域の死命を制します。付知峡経由で中津川に抜けるR257との分岐は直進がR257となっており、ここがややネックでしょうか。
 ここから飛騨川沿いの中山七里の景勝地を行きますが、実に美濃加茂(美濃太田)近くまでこの隘路は続きます。最悪の自動車事故である飛騨川バス転落事故の現場である飛水峡に至る頃はもう闇の中。このあたり名鉄八百津線があった八百津町の町域をかすめる表示に意外感を覚えながら里に出ると美濃加茂です。

 土岐からのR21、多治見へのR248と離合する市街地でやや詰まりましたが、そのまま岐阜へ抜けるR21と分れて左折すると4車線、立体交差の高規格道に急変しました。犬山を経て小牧へ至り、当初は小牧〜楠から東名阪、名阪国道経由を考えていたのに、土日も容赦無くリフレッシュ工事で郡山〜香芝が渋滞で、瀬田付近の渋滞を恐れながら名神に入れば、ついに天気が崩れて豪雨になりました。大津手前での上り線の事故見物渋滞を除けば順調で、神戸についたのは22時。さすがに関西から信州は遠かったです


過去の想い出

 実はこの7月にも乗鞍に行ったのですが、全国的に梅雨明けとなったその日、乗鞍山頂は強風に加えてガスがかかり、全く視界が利きませんでした。東海北陸道を終点の飛騨清見ICまで走り、R158(先述のとおり高山市街は迂回)経由で平湯峠まで来たんですが、「乗鞍ラストイヤー」「あと103日」と出ていた料金所では、「頂上渋滞2km、駐車場2時間待ち、視界不良」とあり、強風で二輪の通行制限が掛かるほどでした。結局渋滞はするわ、視界は利かないわと欲求不満が残り、今回の再訪となったのです。
 その時は路肩に雪が残り、畳平の売店ではストーブが焚かれており、ラジオが伝える梅雨明けがウソのような気分でした。

 乗鞍スカイラインといえば雲海ですが、平成4年に初めて訪れた際、エコーラインを上り詰めて畳平に至ると、スカイライン側に広がる雲海に息を呑み、そして雲海に向かって下った感動が忘れられないのですが、結局雲海はそれっきりでした。
 幸か不幸か以後の訪問はおおむね晴れで、平成7年に悪天候をついて畳平は雲の上、と信じて、溢れた沢の水が路面を洗うエコーラインを上がったら、畳平も荒天どころか県境の山頂ゲートが閉鎖されていて、すごすごと引き返したのが唯一の悪天候です。
 平成9年の訪問では大雪渓の上の断崖で渋滞にはまりましたが、晴天のなか目の前にそびえる槍・穂高の姿をこころゆくまで堪能できた嬉しい渋滞も懐かしいです。帰路はスカイラインから平湯温泉、そしてその冬に安房トンネル開通となる直前の安房峠越えをしており、大型にとっては地獄の11連続ヘアピンの渋滞を体験したのもいい想い出です。
 平成5年には剣が峰に登ってますし、まあ悔いは無しというところでしょうか。


マイカー規制に思うこと

 今回の規制は、無料開放に伴う交通量増加による環境破壊と、入り込み客増加による環境破壊の両面を理由にしています。確かに無料だと交通量も増えるでしょうが、一方で需要の大きい首都圏からのメインルートになるエコーラインは当初から無料であることを考えると、影響は本当にあるのかという感想を持ちます。逆にエコーラインとスカイラインの回遊がしやすくなることで、エコーから入ってエコーに降りるという数が減り、狭隘なエコーラインの渋滞や、畳平での渋滞が減る可能性もありました。
 広域的に見ると、前川渡(R158とエコーライン方面の分岐)‐平湯間で、畳平経由で流れていた流動が総て安房トンネルなどR158に集中するため、中の湯や沢渡地区の負荷が異常に高くなる懸念すらあります。

松電バス  環境破壊についても、針葉樹の立ち枯れやハイマツの減退を指摘する声はありますが、エコーラインとスカイラインを比較すると、本来同様に認められるはずの被害に濃淡があることが分ります。
 つまり、スカイラインの方が被害が深刻であり、有料のほうが被害は大きいという不思議な結論になります。自分なりに推測すると、これは大型車の通行がスカイライン中心であるということと、北西側斜面になるスカイラインは、偏西風による大気汚染の飛来の影響も混ざっている可能性があります。
 来年からの規制ではバスとタクシーに限定されるわけで、これまでのマイカーがバスに転換するとなると、今年までの比でないバスが通行することになります。特に今まで定期バスが1往復だけだったエコーライン側は深刻で、環境もさることながら脆弱な路面の破壊も進行する懸念があります。
 定期バスやシャトルを担当する濃飛バスと松本電鉄は低公害車両で運行してますが、団体ツアーで各地から押し寄せる観光バスは、ディーゼル規制区域外登録の排ガス濃度の濃いものも多いでしょう。
 環境負荷が小さい車両がたくさん通るよりも、負荷が高い車両は一発来た方が被害が大きいのです。

 あと、バス単位で観光客が来るということは、同じ経路で同じ時間に多くの人が来るということで、人的負荷も飛躍的に悪化します。マイカーならちょっと見るだけの人もいれば長逗留もいるといった塩梅ですが、ツアーだと飽きても時間までいることになります。結局、現在尾瀬や上高地では認められている団体ツアーのバスを規制しないと、本来の効果をあげることは到底期待できません。
 このままだと経済効果が少ない個人客を生贄にして環境保護のポーズをとっているのか、それとも経済効果の高い団体客を誘致する純経済的な話なのかともいえます。


バスの問題と懸念

 現在の定期バスが嫌われている原因の一つに、流動とそっぽを向いた系統があるとみられます。通常、電車乗り換えの新島々ターミナルか、高山駅からバス便があると考えるのが自然ですが、乗鞍の場合、鈴蘭経由で新島々を結ぶ1往復(夏のピークは2往復)以外は総て上高地‐平湯‐畳平なのです。これでは松本へは平湯で松本‐高山・新穂高温泉の特急バスに乗り換えるか、中の湯で上高地系統に乗り換えです。上高地系統に途中で乗ることの困難さはいうまでもなく、ただでさえ時間が読めないのに乗り換えでは使えません。高山も平湯乗り換えで、こちらは高山‐平湯のバスがあるのでマシとはいえ、状況は似たようなものです。
 新島々直通も、畳平からの帰り便が午後便ですから、登山帰りには遅すぎ、不向きで、時間が読めない問題はあるとはいえ、山の生態に詳しいはずのアルピコがなぜ、という感じです。
 さらに宿泊を考えても、新穂高、平湯、白骨、乗鞍高原といったところの宿泊がメジャーですが、乗鞍高原と平湯以外の直通はなく、乗鞍高原も前述のとおり1往復のみ。新穂高は平湯乗り換えですが、白骨は上高地系統同士で中の湯乗り換えと厳しいです。

 来年からの規制は、スカイライン側が平湯トンネルを挟んで平湯温泉と朴の木平スキー場、エコーライン側が乗鞍高原でシャトルに乗り換えることになりますが、クルマでの回遊コースが組めないこと、また新島々や高山とのアクセス確保次第では、上高地のようには行かない可能性が強いです。上高地が比較的うまくいっているのは、沢渡と平湯で乗り換えですが、規制区間が中の湯からの袋小路で、沢渡での乗り換えが行程に与えるダメージが比較的少ないという決定的な違いがあるのです。

 あと、上高地の場合は駐車場が500円、バス代が沢渡‐上高地の往復で2000円ということで、1台2人乗車で4500円、大人2人子供2人の家族連れだと6500円です。これが乗鞍高原で乗り換えとなると、いまのバス料金が鈴蘭‐畳平の片道が2200円ですから沢渡並みの往復割引(25%)で3300円程度でしょうか。平湯温泉でも片道1850円ですから、往復2700円程度は取られそうです。
 これでは乗鞍高原で2人で7100円、家族だと10400円、平湯でも2人で5900円、家族は8600円では負担が大きすぎます。

自然は誰のもの

 本来アルピニストの聖域ともいえる高山に都会の感覚で行けること自体がおかしいという意見もあることは承知しています。
 しかし、あの素晴らしい自然を鍛えられた体力を備えた登山者だけが独占するのではなく、1座くらいは一般人がその自然に触れる機会を与えられる場所として確保してもいいのではないでしょうか。昭和23年以来、バスで2700Mという高山に気軽に立ち寄れる乗鞍が、高山の世界を多くの人に体験させてきた功績もまた無視してはいけないはずです。
 様々な事情で山に登れない人に、こうした自然を見せる場所として敢えて俗化を守るという選択肢を、20座以上ある3000M級の山の1つだけに与えることすら許さないというのは、自然に名を借りて自分好みの環境をただ守りたいがだけではと言うのは言い過ぎでしょうか。

 少なくとも自分の意思と行動で畳平に来るマイカー客のほうが、上高地や新穂高の回遊の1つとして連れて来られる団体客よりも乗鞍を愛していることは確かなのです。
 本当に乗鞍に来たい人に優しく、真に自然を守るマイカー規制が来年以降敷かれることを期待します

乗鞍・マイカー規制元年
 投稿者---エル・アルコン氏(2003/07/07 18:06:56) http://6408.teacup.com/narashinohara/bbs

 昨年10月、今年度からのマイカー規制を控えて過去最高の年間36万5千台の利用を数えて冬季閉鎖にはいった乗鞍スカイラインですが、5月15日から今年度の営業を開始しました。
 もっとも、道路自体は無償償還されたことにより、今年度からは規制対象外のバス、タクシーが山頂の畳平及び鶴が池駐車場を利用する際に、駐車料金として乗鞍環境保全税を課されるようになります。
 ちなみに長野県側の乗鞍エコーラインももともと無料の県道でしたが、7月1日の開通と同時に今年度からマイカー規制となりました。

 昨年度は空前の混雑となり、最後の月となった10月の3連休には午前中に頂上からの渋滞がつながり「通行止」となる前代未聞の事態も発生するなど一種の社会現象化した感がありました。しかし月末近くになると冬が足早に訪れ、20日過ぎからは断続的に両道路とも積雪閉鎖が相次ぎ、エコーラインは23日、スカイラインは26日昼に閉鎖となったまま、奇跡は起きず「永遠の最終日」を迎えました。

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 さて、マイカー規制元年となった今年、乗鞍のアクセス状況はどう変わったでしょうか。

 結論からいうと、お値段控えめで本数多めという結果ですが、一方でマイカー規制とはいってもマイカー利用が無難という複雑なものになっています。

 乗鞍山頂(畳平)へのシャトルバスは、結局下記の3種類になっています。

  1. 乗鞍高原(鈴蘭)から。毎時1本
  2. 平湯温泉から。毎時1本
  3. 朴の木平(ほおのきだいら)から。30分ヘッド

 値段は乗鞍高原が片道1100円、そのほかは1050円で往復はどちらも1800円。
 駐車場料金は乗鞍高原が無料、他は1日500円。
 上高地と比較すると、平湯は駐車場、シャトルバス料金とも一緒。上高地専用の沢渡も片道1000円、往復1800円の1日500円ですから、昨年までの路線バス運賃と比較すると乗鞍はお値打ちと言えます。

 キャパシティは乗鞍高原が1000台、平湯が860台、朴の木平が1500台ですが、平湯が上高地用と共用と言うのがちょっと難点でしょうか。また上高地が平湯の860台と沢渡の1500台だけと言うのに比べると比較的ゆったりとした感があります。
 バスの運行頻度は上高地の方が多い(沢渡10〜20分ヘッド、平湯20〜30分ヘッド)ですが、道路事情等や、観光地としての入りこみ数の差を勘案すると上高地のような事態にはならないと思われます。

 ただ、問題なのは去年まで運行されていた新島々、上高地、高山への「路線バス」が乗鞍に関しては「シャトルバス」に一本化されたことです。いちおう高山に関しては朴の木平シャトルの延長という形で運行されますが、それも畳平行き3本、高山行き2本だけであり、朴の木平乗り換えを入れても8往復となっています。なお上高地へは平湯でシャトルバスを乗り継ぐ形での通し乗車券(片道のみ1950円と100円引き)があります。

 結局高山方面こそ直通バスが残りますが、乗り換えを入れても8往復。松本方面は乗鞍高原(鈴蘭)か平湯温泉で乗り換えとなってしまい、鈴蘭までのバスはピークで8往復、平湯も8往復で、鈴蘭経由は新島々での乗り換えということを考えると、公共交通シフトというにはあまりにも力不足であり、結局はマイカー利用を前提にして、一部だけバス代行というスタイルになっています。
 ただこれだと昨年も指摘しましたが、周遊コースが組めずに往復型になることから来る魅力の低下や、周遊コースを組むと、例年混雑が激しい安房峠(安房トンネル)を挟む前川渡〜中の湯〜平湯の区間に流動がさらに集中するという本末転倒の事態すら想定されるわけで、松本、高山口からの公共交通利用による周遊へのシフトをもう少し大胆に打ち出しても良かったのではと思います。

2005.07.20Update

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