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    旧駅舎(プレスリリースより)
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交通拠点探訪-青梅線&五日市線“新駅舎”乗り降り記

先日、JR-E青梅線と五日市線を乗り降りしてきました。青梅線は昨年御嶽まで乗っていたものの、五日市線には数年振り、奥多摩に至っては十ウン年振りになろうかと…その理由はこちら。

当方が知ったのは2010/12/01付交通新聞記事で、八王子建築技術センター所属の若手社員3人が担当したとあったことと、プレスリリースに載っていた三種三様なイメージパースに惹かれ、これは実物を見てみたいな-と思っていました。
そして白丸駅が02/14、川井駅が03/01、武蔵増戸駅が03/28に供用開始。丁度青春18きっぷが余ったということもあり、桜が見頃になるにはちと前だったのですが行ってきたというわけです。


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■武蔵増戸駅(東京都あきる野市 JR東日本五日市線)

武蔵五日市駅の一つ手前の駅。日中時間帯には列車交換も行われる実質2面2線、武蔵五日市行ホームに駅舎がある。駅前にはめぼしい商店等はなく電車の発着を除き人の流動はさほど多くない。
駅西方を南北に走る都道沿いの集落あたりが栄えている様子で、ちなみにそれを北に上がると日の出町に入り、町役場への最寄駅ともなっている。それもあってか小さなタクシーロータリーが整備されており、丁度近くの介護福祉施設の送迎車両がやってきてスタッフと思しき5人ほどが乗り込んでいったが、バスの乗り入れはない。

設計コンセプトは「明」-シンプルで明快な空間、とのことで、駅前の桜を望む待合室をつくるというもの。入社2年目の30代男性社員による作品で、コンクリ打ちっぱなしの直線的な側面と、ガラスブロックをはめこんだ待合室スペースの曲線がシンプルながらも印象的な外観を構成している。入口には2段の段差があるのだが、打ちっぱなしの裏手がスロープになっており、芸の細かさを感じる。
待合スペースはラチ外で弧を描いた長椅子状になっており、陽の光がたっぷり注ぐことは実感できるのだが、丁度向かいが公衆トイレとなっていることもあるためか一部に摺りガラスがある分、位置によっては桜をそのまま望むことはできないのは致し方ないところか。また改札口・入口が直線ゆえ風通しが良いというよりも、待合スペースの風防にはちと難がありそうな気も…それをいうなら日中も20分間隔で発着があるため、この待合スペースがどれだけ実用的に使われるかともいえそうか-その意味では、駅舎からは向かいとなる拝島方ホームの待合スペースにも一工夫を期待したくなるような。こちらも庇のみとなっており、昨今各社で積極的な設置が進められている待合室の設置が望まれようかと。
ちなみに旧駅舎は築85年だったそうだが、当時から導入されていたのが「もしもし券売機Kaeruくん」。新駅舎でも存在感を示しているが、先の震災で拠点センターとの回線に不具合が生じその時点では復旧の目処が立っていなかった(6日に復旧も7日の余震で再度ダウン、9日に復旧)。20分程しかいなかったものの数人が係員(同駅は業務委託)に問い合わせ、都度係員は外に出て案内していたのだが、ホーム側からぐるっと回って出なければならないのはちと面倒そうだった。プレスリリースでは改札前にダイレクトで出られる扉も考慮されていたようだが実設はされなかった様子。

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◇武蔵五日市駅と拝島駅

五日市線の起終点もかつてと様相が変わっている。
といっても、武蔵五日市駅の高架化は1996/07の開業なのでまもなく15年になろうか。立派な駅舎だが、高度もあるためESが止められるとちとしんどいことを改めて実感させられたり。駅前には大きなロータリーがあり、檜原村方面などへ向かう路線バスが発着。隣接して西東京バスの営業所もある交通拠点だが、五日市中心部と若干距離があるせいか駅前には目ぼしいお店が少ない。駅構内にNEWDAYSが入っているも営業時間は19:00まで! 終点としてはそんなものなのだろうか。

OME_ITSHUKAICHI いっぽうの拝島駅は、自由通路を伴う橋上駅舎化が2010/03に完成し面目を一新。2007/08にはコンコース内にDila拝島もオープンし、4線が交わる拠点駅としての機能性を高めている-ただし、JRが3面5線となっているのだが、八高線はさておき青梅線と五日市線の乗換にもほぼ原則階段の昇り降りが必要となり、ゆえに商機アリ!となったのかなとも…いや、当然ES・EVがあるのだが、やはり計画停電が恨めしいというか、高齢の方が難儀している姿を少なからず見てしまうとつい一言書いておかねばと思ってしまったり。

であるならば、拝島駅でより切実なのがバス路線との結節性の難。南口前は商店等が密集しており道路も狭隘ゆえ、バス路線は南口前では降車場しかなく、200m弱南側になんとか折返しスペースを確保しての運用が続いている。昭島市では駅前交通広場整備などを盛り込んだ大規模な拝島駅周辺道路整備事業をすすめているが、完成するにはまだまだ時間が掛かりそうだ。

 
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■白丸駅(東京都奥多摩町 JR東日本青梅線)

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奥多摩駅の一つ手前にある無人駅、トンネルに挟まれた谷間に位置し川面からの高度もかなりのもの、カーブにある1面1線の駅はなんとか場所を捻出したという乗降場感がある。
そのせいもあってか、ホーム上はなにかと賑やか。改札機能は青梅方端部に自動券売機と簡易Suica改札機が設置されているが、ホーム中央部から別の谷筋へ抜ける脇歩道があり、その横の機器ボックスに『Suica&PASMOでご利用のお客様はホーム端にある簡易改札機にタッチして下さい』との注意書きが。ちなみに簡易改札機のすぐ後ろには民家の勝手口というかメインの玄関というかがホームに直結している。あと、奥多摩方には町が整備した「白丸駅前観光用公衆トイレ」が設置されているが、ホームからしか辿りつけない構造。こちらも崖の途中にあり、しっかりとした基礎の上に建てられていた。使わせてもらったが清潔に保たれており、付近住民が管理しているのだろうか。

設計コンセプトは「光」-明るく落ち着いた空間、とのことだが、白丸駅では待合室の整備となっており、ボックス型の待合室と機器室を包みこむような膜構造の白い屋根が印象的。入社3年目の女性社員による作品で、昼間は光を取り入れ、夜は膜の内側から照明を当てホームを照らす由…Wikipediaに夜景写真が載っていたが、なるほど繭というかさながら昆虫(幼虫?)のような感覚というべきか。
待合室自体はいたってオーソドックスで、膜で包まれているほうは機器室ということだが用途は不明。濃茶の木目が落ち着きを醸し出すとともに天井の白が映える。欲を言えば椅子はベンチではなく5人分に区切られている分、ひとり座ると後からの人が入りにくい様子も。シンプルに長椅子でも良かったのかなとも感じた。
加えて云えば、ホーム端部の改札機能をうまく取り込めなかったかなとも。既設分を動かすのは余計なコストにもなろうし、改札機能を動かすことで利用者が混乱することも考えられるが、例えば外部インターホンは自動券売機横にしかなく、待合室からだと移動が必要になってしまう。まさに『東京電力の計画停電に伴う青梅線の運行状況につきましては放送にてその都度ご案内いたします』との注記がそのインターホン上部に添えられていることからしても、少なくとも統合が無理なら、待合室内に文字情報板等があればとも思うのだが。
最後に、情報という意味では、駅前の踏切を渡った先に「白丸駅周辺散策まっぷ」と題した簡略図が掲出されていたのだが、駅構内にも周辺案内図を置くのはどうだろう。旧態依然とした「名所案内」よりも、待合室を核とした“サービスステーション”まで持っていければより意味のある投資になると考える。

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◇奥多摩駅と氷川サービスステーション

関東の駅百選にも選定された山小屋風の駅舎が印象的な奥多摩駅は築67年。2006/04には使われていなかった2階を改装、観光協会と提携し自然・文化・味覚を感じることができるフリースペース「奥多摩ステーションギャラリー」が開設され、蕎麦の軽食処もあるとのことだが、今回は時間の都合で立ち寄れず残念。
駅前に停車中のバスは日原鍾乳洞行。当方も十ウン年前には日原まで行ったのだった。道路を挟んであるのが、西東京バス氷川車庫。駅に負けず古風な建物は売店や食堂を内包しており、「サービスステーション」を名乗っているがその文字にも趣が。

停留所前には達筆で書かれた「自由乗降バスの運行について」が掲出されていたが、実施開始日は昭和54年3月15日…まさか30年以上前のシロモノということではないだろうが、そうだとしたら同社の施設の扱い具合を示しているという意味にも捉えられ好感だ。
日原方面の他、奥多摩湖・小菅・丹波方面と古里・川井方面へも路線が伸びており、御嶽駅からの御岳ケーブル接続路線も管轄。 OME_ITSHUKAICHI 氷川車庫は移管されなかったものの、御岳ケーブル線が一時期移管されていたことやその他車両運用によってか旧多摩バスカラーのクルマもちらほらといるが、やっぱり山間になじむのはクリーム地に赤線だろう。

実は白丸駅手前で眼下の青梅街道を走るバスと離合しており、電車が1本早ければバスでの移動もできた様子。これが判ったのはサービスステーション前のラックに置かれていたハイキング時刻表から。同社サイトからもプリントアウト可能となっており便利だが、JRとの連携をうまくしてくれればなお…とも思う。

 
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■川井駅(東京都奥多摩町 JR東日本青梅線)

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御嶽駅のひとつ奥になるこちらも無人駅。多摩川の蛇行に伴い青梅街道と共に大きく弧を描いた位置にあり、白丸駅より急カーブの外側にホームがある。スペース的にはゆったりしており、先ず目を惹くのは奥多摩町整備の公衆トイレだが、出入口はホーム裏手となっておりわざわざ廻り込む形になるのは勿体無い気もする。
と、その前に何よりも、ホームから多摩川を見下ろす際にどんと聳えるのが奥多摩大橋。1990年架橋という斜張橋はまさしく威風堂々としている。対岸の橋袂にはキャンプ場もあり、シーズンには駅も賑わいを見せるという。

設計コンセプトは「木」-奥多摩の自然に溶け込む空間、とのことで、山々を眺望できる待合室をつくるというもの。こちらも入社2年目の20代男性社員による作品で、白丸駅のそれよりもより明るい茶で塗られ組まれた木材は多摩産を使用しているのだとか。待合室は白丸駅のそれとほぼ同じ広さだが、天井が高いのと出入り口が正面と側面の2か所あるため圧迫感はなく、こちらにはまだポスター類が貼られていないため余計に明るさを感じた。ただし、開放部が実質出入口だけのため、室内からの眺望という意味ではいささか物足りないかも。それを補うためか、待合室前にもボックスタイプの椅子が4つ置かれている。室内の椅子は長椅子に金属の棒で1人分を仕切るスタイル、白丸駅のより使い手はよさそうな気もする。
改札部はコンパクトにまとめられていて、シャッターが降りているものの多客時用の窓口を挟み、自動券売機と駅時刻表を配置。点字ブロックが敷き直されていたが同駅は先述の通り急カーブ上にあり、過去に転落死傷事故も発生いしているため、各種接近案内にも気を使っている様子が伺える。

駅の外には多客時営業の売店があり、横の階段を降り線路を潜りながら急坂を下ると青梅街道へ。大正橋を渡ると奥多摩大橋との交差点、奥多摩駅からやってくる西東京バスの路線はここから大橋とは向かいの谷筋を上日向まで登ってゆくこととなり、入口のところに停留所があったほか線路の先には自由乗降区間を示す看板もあった。
先ほどの電車から降りた高校生と思しき1人がやってきたバスに乗車、折返しのバスからは若者と高齢の女性2グループが降りてきて駅へと向かっていったので、それなりに接続は考慮されている様子。ただし、駅にバス停の案内看板等はなかったような…ハイカー利用も多いとのことなので、この辺りも一工夫ほしいかなと。
インターバルを利用し奥多摩大橋を渡る。川面を見やるとこの日は釣り人が数人出ていただけだったが、ちょうど多摩川と大丹波川の交点ということもあり川岸もたっぷりしていてキャンプにはいいのだろう。駅から出た際に渡った橋は大正橋で、青梅線橋梁と2連のアーチを構成しこちらも画になる風景。新駅舎もできて日が浅い故か遠目からも存在感を示していた。

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◇「レトロステーション」青梅駅

1999年の「昭和レトロ商品博物館」開館を境にムーブメントを起こしている“昭和の街-青梅”だが、JR-Eもその流れに乗って青梅駅を「レトロステーション」に仕立てたのは2005/03のこと。地下通路に映画看板を掲出したりホーム施設類についてレトロ調にリニューアルするというもので、ホームの駅蕎麦屋の券売機にもウェザリングが施されていたりする懲りようだ。
ちなみに映画看板は青梅宿アートフェスティバル(1991~)にあわせ1994年から地元出身の映画看板画家による街中での展開がきっかけなのだが、映画に強い愛着を持つとともにかつて自身も映画看板を描いていた赤塚不二夫がテレビで観たことをきっかけに2003年に「青梅赤塚不二夫会館」がオープン、そのつながりで青梅駅にも随所にバカボンのパパがいたり、発車メロディーは「ひみつのアッコちゃん」になっていたり。

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青梅駅舎は来年には米寿を迎える歴史を有するが、関東の駅100選には選ばれていない(青梅線では奥多摩と御嶽駅)。もともと青梅鉄道本社として建てられた、当時としては珍しい鉄筋コンクリート製・地上3階地下1階の堂々たる建物で、B1には“地下街”も形成されていた由…神田須田町の地下鉄ストア的な感じだったのだろうか?
駅舎外観は2007年にクリームベースに塗り替えられているが、以前は窓枠でも塗り分けるなどしていたようで省力化? 上階も一般開放されていない様子で、奥多摩のような有効活用もできるのではないかと思う一方、周辺商店街への配慮もあるのだろう。とはいえなんだか勿体ない気もしなくはなく。

 

JR-Eでは「地域の顔にふさわしい、安心して快適にご利用いただける駅づくり」を進めており、八王子支社では青梅・五日市線の駅整備を展開。2009年度には宮ノ平・日向和田両駅舎が整備されたほか、沢井・御嶽・奥多摩駅で駅舎美化工事等を、2010年度も二俣尾・鳩ノ巣・秋川駅で駅舎美化工事が行われています。今回、宮ノ平・日向和田駅は実見していませんが外見的には似た感じの様子で、今回の3駅のプロジェクトがかなり意欲的なチャレンジであることを示しているともいえましょう。
交通新聞記事によると、2010年度の整備は全6駅で約2億5000万円。“相場”がどんなものかは判りませんが、少なくとも国鉄末期からJR初期にかけての貨車転用やプレハブ駅よりは立派なものであるとともにコスト見合いなのではと。
であるからこそ、本文でも言及したように、出来上がったママではなくて、各種ソフト面でも積極対応をつい期待するのですが-“サービスステーション”とも書きましたが、ハイカー等を対象とした周辺案内マップやパンフ類の提供や、地元利用者にも訴求する運行情報・各種旅行情報の提供など、特に無人駅だからこそ“情報拠点化”が望ましいのではないかと。無論、そこには適切な管理の必要性も出てくるわけで、その意味でのコストを考えると近隣住民の協力等、地元との更なる密着化が求められるわけですし、原点として駅を育てるのは駅を利用する人々である、とも思うのです。

実は3駅ともに傍の公衆トイレがなかなか立派で、川井駅に至っては外観の威容だけでは駅舎のほうが負けていたりすら。本来はセットでの改修がベストなんでしょうがそうもいかないのでしょう。それでも、地元との役割分担の際に“使いやすさ”を追求してもらいたかったなとも感じるわけで、普段からの連携をどのように図るのかはなかなか難しいながらも課題なのだなと考えさせられたのでした。

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